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救済的分離 政策 意見反映されず 沖縄の状況検証を 阿部藹<託されたバトン 再考・沖縄の自己決定権>14


救済的分離 政策 意見反映されず 沖縄の状況検証を 阿部藹<託されたバトン 再考・沖縄の自己決定権>14 飛行が再開され、米軍普天間飛行場を離陸する垂直離着陸輸送機オスプレイ=14日、宜野湾市(小川昌宏撮影)
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 ここ数カ月、沖縄の自治や自己決定権について強く意識させられる出来事が立て続けに起こっている。

 その一つが、うるま市石川のゴルフ場跡地での陸上自衛隊の訓練場整備計画に対して強まる抗議の動きだ。地元の自治会が声を揃(そろ)えて計画に反対の声をあげ、旧石川市の元市議が保革の立場を超えて計画断念を求めて結集し、さらに自民党県連幹事長の島袋大県議が計画の白紙撤回を政府に求める考えを表明し、沖縄県議会は白紙撤回を求める意見書を今月7日に全会一致で可決した。保革を超え、地元住民から県議会までが一致して「白紙撤回」を求めている。さらに20日には「住宅地への自衛隊訓練場計画の断念を求める市民集会」が開催され、地元のダンスグループから自治会代表者、そして中村正人うるま市長を含む1200人が集まった。

 もう一つは昨年の墜落事故以来、世界的に運用を停止していた米軍の垂直離着陸輸送機オスプレイの今月14日からの運用再開だ。運用停止解除は全国的なものであり、飛行ルートにあたるなど関係する11の都県に防衛省が13日に運用再開について説明を行ったが、真っ先に飛行が再開されたのは沖縄県の普天間基地だった。「米国内法の制限」を理由に事故の原因である「特定の部品の不具合」の詳細を公表しないという対応に、国民の知る権利や安全よりも米国との関係を重視するという日本政府の情けない姿勢を見ることができるが、またしてもその影響を最も強く受けるのが米軍基地の集中している沖縄であるという事実に、日本政府が沖縄の人々の怒りを他府県の人々のそれよりも「軽く」扱っているのではないかという疑念を強く感じざるをえない。

 先月の本連載の最後に「現在の沖縄の状況、そして日本政府の沖縄に対する扱いを見ていると、近年議論されるようになっている国際法上の『救済的分離』という理論が、今後沖縄に当てはまりうることもあるのではないかとさえ思えてくる」と書いたが、まさにそれを強化するような事例がこの1カ月でも積み重なっているのだ。

 「救済的分離」とは、近年議論されている国際法上の理論である。本来、国際法は国際社会の領土的安定性を非常に重視する。そのため植民地の独立などの特定のケース以外で、国境線の変更を伴うような独立や一方的な分離を認めることはほとんどなかった。しかし、救済的分離の理論では、特定の集団(People)が自国政府によって(1)差別的に扱われ、(2)アパルトヘイトやジェノサイドなどのような継続的で重大な人権侵害があり、(3)国家の意思決定過程にその意見を反映されず、(4)あらゆる手段を尽くしたが、内的自決が達成されない場合に救済としての分離が認められるべきだ、とされる。

 この理論の礎は、1970年に国連総会で採択された「友好関係原則宣言」の次の一文にある。

“人民の同権及び自決の原則に従って行動し、それゆえ人種、信条又は皮膚の色による差別なくその領域に属する人民全体を代表する政府を有する主権独立国の領土保全又は政治的統一を、全部又は一部、分割又は毀損(きそん)しうるいかなる行動をも承認し又は奨励するものと解釈してはならない”

 この文章の前半部分では、「自決の原則に従い」「差別なくその領域に属する人民全体を代表する政府を有する主権独立国の領土保全」は脅かしてはいけないと記されている。ということは、逆に言えば「当該政府が自決の原則を尊重せず、領域に属する一部の人民を差別し、抑圧している場合、その抑圧された人々、つまり代表されていない人民には分離が認められるのではないか」と解釈することができる。この解釈が、バングラデシュのパキスタンからの独立をはじめ、コソボや東ティモールの独立など、単純な「植民地からの独立」という文脈では説明ができない国家の誕生をめぐって、救済的分離の理論として深まってきた。

 救済的分離は、植民地の人々が独立する権利や、先住民族の人々の自治の権利のように、国際法において確立した権利ではない。しかし、例えばカナダの最高裁判所のように救済的分離という権利の存在を実質的に認め、「植民地帝国の一部として支配されていたり、外国人による征服、支配または抑圧の下におかれたりする人民であり、国内において自決権の意味ある行使を否定されている人民」に分離が認められうるとする判断を示したケースもある(Reference re Secession of Quebec, 1998)。そういう意味では、今後さらに議論が深まれば権利として発展する可能性もある、と言えるだろう。

 琉球処分によって沖縄が日本に組み込まれて以来、構造的差別や人権の抑圧、そして日本政府の政策決定に意味ある参加ができないという状況が続いていることを鑑みれば、沖縄のこの状況を救済的分離という理論の観点から検証することに意味があるのではないかと思う。というのも、近年の日本政府の沖縄に対する政策は、まるで日本政府が自らの手で、小さな石を一つ一つ積んでいるように見えるからだ。その石とは、将来的にもし沖縄の人びとが救済的分離を主張した場合に、正当性の根拠となりうる具体的な事実のことである。一つ一つの事実は小さな石かもしれない。しかし、それらが積み重なって礎石となる可能性がある、と筆者は考えている。

 (琉球大学客員研究員)
 (第4金曜掲載)