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春は感謝 「ありがとう」伝えよう 西銘むつみ(NHK解説委員) <女性たち発・うちなー語らな>


春は感謝 「ありがとう」伝えよう 西銘むつみ(NHK解説委員) <女性たち発・うちなー語らな> 西銘むつみ
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 「春はあけぼの」と、かの清少納言は「枕草子」につづったが、私の場合「春は感謝」だ。

 先月、出席した末の息子の卒業式でも、校長のはなむけの式辞は「常に感謝の心を持ってほしい」だった。式典後、校門を出た卒業生たちは、コロナ禍の体調を気遣い、親身になって進路の相談に乗ってくれた担任や部活動の顧問に、プレゼントを渡したり写真を撮ったりして感謝の気持ちを伝えていた。

 90歳近くになり、認知機能が低下して耳もほとんど聞こえなくなった父は、お世話になっているヘルパーや医師、看護師に「ありがとうございます」の言葉だけは忘れない。

 学校の先生や介護、医療従事者といった、私たちの暮らしを支えてくれるエッセンシャルワーカーの人手不足は深刻だ。沖縄の産業をけん引する観光業や飲食業もしかり。多くの業界が直面している課題だ。

 賃金の引き上げをはじめ、職場環境の改善、福利厚生の充実、AIの導入など、人材確保に向けた解決策が打ち出されてきてはいるが、職種や業界、会社の規模によっては時間がかかったり、根本的な解決にはほど遠いと感じたりする施策もあり、一筋縄ではいかない。

 歯がゆいが待ってばかりもいられない。沖縄を担う若い世代には、自分の就きたい職業に夢を抱いて突き進んでほしいし、夢を実現した人が離職してしまうのは残念だ。

 では、どうすればいいのか。「生ぬるい」と、お叱りを受ける覚悟で明かすと、私は「感謝」の気持ちを率直に伝えることにしている。

 コロナ禍でも学校行事を工夫して開催してくれた先生たちには、アンケートにびっしりと感謝の思いを書き、宅配便を受け取る時には「暑い中、お疲れさまです」、飲食店のレジでは「おいしかったです」と感謝の意を込めて言う。

 そんなことしかできないが、たかが感謝、されど感謝だと自信を持って言える。なぜなら、私自身が「ありがとう」の言葉によって30年余、記者を続けてこられたからだ。

 沖縄戦や米軍基地のことを全国で放送すると、県内の同業他社の先輩記者から、きまっていただく言葉がある。「見たよ」でも「お疲れさま」でもない。「県外に伝えてくれてありがとう」だ。

 沖縄が抱える課題への無関心に直面したり、ネット上で非難されて心が折れそうになったりした時、何度も救ってもらった言葉だ。

 そして、時に弱腰になる私に、「やりましょうよ」と背中を押してくれる上司と同僚が沖縄と東京にいる。そこへの感謝の思いは、次の取材の原動力になる。

 今月初旬、企業の合同入社式を取材した。冒頭、主催者が「感謝はエネルギーに変わる」と新入社員にエールを送った。

 やはり「春は感謝」だ。

西銘むつみ にしめ・むつみ

 1970年生まれ、那覇市出身。92年NHK入局、沖縄局、首都圏放送センターで、沖縄戦、戦後処理、教育、旧環境庁、旧沖縄開発庁などを担当。NHKスペシャル「沖縄戦全記録」で日本新聞協会賞。