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爆音と灰色の飛行機 相次ぐ事故もうやむやに 娘と自宅上空見上げ 上間陽子<論考・2024>


爆音と灰色の飛行機 相次ぐ事故もうやむやに 娘と自宅上空見上げ 上間陽子<論考・2024> 離陸する米海兵隊MV22オスプレイ=3月14日
この記事を書いた人 Avatar photo 共同通信社

 沖縄の普天間基地近くの私の家の上空は、アメリカ軍の戦闘機が昼夜を問わずに飛んでいる。古くなったヘリコプターが飛ぶときには、ドドドッという音にキュルキュルキュルと金属音が混ざった音がする。オスプレイが飛ぶときには、ドバドバドバという重低音に家の窓がガタガタ揺れる。たくさんの輸送機がやってくる季節には、耳の奥に何かを入れられたような、すべてかき消される音がする。

 言葉がうまく話せないころ、娘の風花は、戦闘機が飛ぶ夕刻になると、怯(おび)えて泣いた。わけのわからない爆音に、恐怖を感じて泣くのだろう。わからないと恐怖はもっと大きな恐怖になる。私は小さな娘に、ひとつひとつ説明する。

 風花、このキュルキュルキュルというのは、ヘリコプターが飛んでいる音。これはオスプレイという飛行機が、遠くの海から帰ってきたときの音で、たぶんもうすぐ聞こえなくなる。さっきの音は飛行機が落ちたのではなくて、遠くの国からきた大きな大きな飛行機が、風花の家の上を飛んでいる音―。

 それでもやっぱり娘は泣いた。あたりまえだ。家の上空を飛ぶ戦闘機の爆音は、80デシベルから110デシベルを記録する。80デシベルというのは地下鉄の車内くらいの音で、100デシベルは電車の通るガード下の音で、110デシベルは自動車のクラクションくらいの音になる。軍隊の出す音は、そもそも人間の生活になじまない。

 言葉を話せるようになった娘は、上空を飛ぶ戦闘機に「うるさい!」と叫ぶけれど、怯えて泣くことはなくなった。それでもある日、「ママ、叔母さんに電話して」と、私に言う。「飛行機の飛び方が間違えている。隣のアパートにぶつかりそうだから、もっと上を飛んでって命令して。飛行機は叔母さんの命令を聞くんでしょう?」

 娘の叔母は、そのころ管制官をしていた。ふーっと呼吸を整えてから、私は娘に話をする。「風花が見たのは灰色の飛行機だよね。灰色の飛行機には命令できないよ。叔母さんの命令を聞くのは白い飛行機だけ」「じゃあ、ママ、灰色の飛行機に命令できるひとに電話して」と娘は言う。「灰色の飛行機に命令できるひとは、沖縄にも日本にもどこにもいないよ」と私が言うと、「だったら誰が灰色の飛行機に命令できるの? 危ないときはどうしたらいいの?」と、娘は不可解な顔をする。

 確かに娘の言うとおりだ。そもそもこの問題は、日本にいるアメリカ軍に大きな特権を認めている日米地位協定の問題である。アメリカ軍が必要だと考えるならば、いつでも自由に訓練できると協定では決まっていて、深夜の住宅地を戦闘機が飛んでいても、戦闘機が事故を起こしても、日本の政府は抗議もしない。

 2016年、沖縄の名護市の海でオスプレイが墜落して大破したけれど、それは単なる不時着水だと発表された。翌年、沖縄の保育園の屋根の上に、USと書かれたヘリコプターの部品が落ちたけれど、落下物はアメリカ軍のものかどうかわからないと発表された。それから1週間もたたないうちに、小学校の校庭にCH53E大型ヘリコプターの窓が落下したけれど、今度戦闘機から何かが落ちてきたら子どもたちは自力で逃げろと、校庭には屋根付きの避難所が作られた。いろいろなことをうやむやにして、今日も戦闘機は沖縄の空を飛んでいる。

 去年の11月、沖縄の嘉手納基地に向かっていたオスプレイが鹿児島の屋久島の海に墜落した。乗組員全員が亡くなる事故の後、アメリカ軍はオスプレイの飛行停止を発表した。それから3カ月がたち、沖縄県が問い合わせていた事故の原因についてひとつも説明されることなく、空にふたたびオスプレイが帰ってきた。

 沖縄はいま、初夏を告げるうりずんの季節を迎えている。海からは浜風が吹いている。夕刻になると、百合や夜香木の香りがあたり一面に漂い芳しい。そして今日も空には戦闘機が飛んでいる。

 近くに置きたくないものは遠くに置く。見たくないものは目をつぶる。灰色の飛行機に命令する方法は模索せず、そして今日もずるずるずると日本は進む。

(教育学者)
(共同通信)