【北谷】4月の津波避難警報発令時に、北谷町と米軍の災害時立ち入り実施協定に基づき、米軍基地内の高台に避難しようとした北前区民らがゲートで13分間の足止めを強いられた件で、米軍がこのほど、「警報時のゲート即時開放」を明文化し、実施する方針を同区に伝えた。
キャンプ・フォスターのデビッド・バニング司令官は同区公民館を訪れ、当時の対応について謝罪した上で警報時にゲートを即時開放する考えを示した。
津波避難警報は台湾東方沖地震に伴い発表された。避難した北前区自治会の徳田伝(つたえ)会長ら総勢8人が、徒歩で10分ほどの北前ゲート前で立ち往生した。立ち入り実施協定では警報時のゲート開放許可について表記されてはいるものの、「即時」まで踏み込んでいなかった。
5月21日に同区公民館を訪れたバニング司令官は「Jアラートが鳴ってから憲兵隊の指示系統が混乱し、ゲートの歩哨まで指示が伝わらないまま時間が経過した」と原因を説明したという。
足止めを受け、北前区はゲートの即時開放を求める決議を採択し、北谷町や沖縄防衛局に要請していた。今後は警報と同時に上官からの指示を待たずにゲートを開放することが、北谷町や宜野湾市とキャンプ・フォスターが結ぶ立ち入り協定に関連する運用手続きの中で明文化される見込みだという。
決議では、災害時の米軍施設開放に関する日米間の統一のルールづくりも求めている。徳田会長は司令官の訪問に一定の評価をしつつ、「防衛局とのやり取りより話は早かったが、時限的で司令官交代時の影響なども考え得る。安全保障政策の中で住民の命がおろそかにされており、日本政府の向き合い方が一番問われている」と指摘した。
(石井恭子)