インフルエンザの蔓延(まんえん)もあり、東京ではまだマスク姿が目立つ日常が続いているものの、2023年はノーマスク解禁から始まった1年であった。沖縄にとっては前年22年末に敵基地攻撃能力を明記した安保3文書が閣議決定され、一段と南西配備の動きが強まり、辺野古新基地建設も完成の目途(めど)もないまま粛々と土砂の埋め立てが進むなど、ざわつく感情が続く1年であった。そうしたなか国内の表現の自由を巡っても、モヤモヤに始まりイライラ・ザワザワが続く年であった。
モヤモヤ
モヤモヤの第1は、メディアと権力の関係だ。3月に小西洋之議員が予算委員会で、総務省の内部文書として、放送法第4条の政治的公平に関する資料を公開した。そこでは、放送局の政治的公平さを巡る官邸の生々しい介入・圧力ぶりが明らかになった。
また同月には、内閣広報室が報道番組の出演者発言内容をウオッチしていることを認めた。ちなみに20年当時、しんぶん赤旗が情報公開で内閣広報室の記録文書を入手し報道しているが、常時監視の対象番組は、平日7番組=TBS系「ひるおび!」、日本系「ミヤネ屋」(読売テレビ制作)、日本系「スッキリ」、朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」、フジ系「とくダネ!」、朝日系「報道ステーション」、TBS系「NEWS23」と、土日4番組=TBS系「サンデーモーニング」、朝日系「サンデーステーション」、NHK「日曜討論」、日本系「ウェークアップ! ぷらす」(読売テレビ制作)だそうだ。
石川県知事の定例会見の中止も続いている。1月に石川テレビ放送が「取材で撮影した公務員の映像を報道目的で使うことに許諾は必要ない」と伝える文書を県知事宛てに提出したのに対し、知事は会見開催条件に社長の出席を求めた。その後、社長が辞任をするなどモヤモヤが続く。こうした背景にはメディアと政治家と距離の問題がつきまとう。G7広島サミット開催前の5月には、日本テレビ・バラエティー番組「世界一受けたい授業」に先生役として岸田首相が出演し話題になった。
ザワザワ
ザワザワの方は、記者会見のありようだ。首相秘書官のオフレコでのLGBT差別発言を新聞が報道し、各社後追いするも「オフレコ破り」批判が起きたのは2月の話だ。また政府が新型コロナウイルス感染症の感染法上の分類を2類相当から5類に引き下げ、ほとんどの行動等の制限を解除したものの、官邸内の取材制限が続く。首相会見は厳しく出席者数を制限するほか、1社1人1問で質問の事前提出ルールが定着している。しかもこうした悪慣習は、官邸発で自治体や民間にも広がってしまった。
年初めに政府が自治体に「災害時に安否不明者の氏名を原則家族の同意なしに公表するよう促す方針」の指針案を公表したものの、各地の災害時に際して未公表が少なくなく、さらに被害者の特定情報を伏せる動きはむしろ一般化している状況にある。
新聞の夕刊廃止が相次いだのもザワつく一つだ。一般的には速報性という特性を紙メディアがすでに失っている時代に、世界でも稀有(けう)な朝夕刊セットの販売体制を維持することの困難さは容易に想像がつく。ただしこの「縮小」が、ニュースメディアへの接触時間の減少に直結するとなれば、日本社会全体のニュース離れを象徴するものであって、残念至極だ。さらに23年は新聞用紙価格の大幅値上げなどを受けて、新聞の値上げも続いており、新聞購読者数の減少に拍車がかかっているともいえよう。
イライラ
23年も政治家の差別発言は止まらなかった。その筆頭は杉田水脈議員で、性的マイノリティーに、生活保護受給者、在日コリアン、そしてアイヌなど、いわば社会的少数者・弱者に対する侮辱・差別表現が続いた。首相は静観し、自民党は杉田氏を党環境部会長代理に起用するなど、結果として差別に政府与党が加担する状況が作られている。
23年は関東大震災から100年目であったが、震災時の朝鮮人虐殺についても政府は「記録がない」として一貫して認めない姿勢を崩していない。それは東京都知事も同じである。まさにこれは歴史の上書き行為そのものであって、こうした歴史の改竄(かいざん)が目の前で行われていることを、社会全体が黙認していること自体に大きなイライラが募る。また、地上波ラジオで「(朝鮮学校は)スパイ養成的」と発言がなされたり、テレビ朝日系列のネット番組で沖縄ヘイトといえる侮蔑表現が繰り返し流されたりするなど、いわゆるヘイトスピーチを肯定する素地(そじ)が、メディア自身にあるように思われる。
なお沖縄では4月から、沖縄県差別のない社会づくり条例が部分施行されたものの、6月には沖縄・本部港塩川地区で辺野古抗議活動中の市民に対し、沖縄防衛局職員が「キチガイ」と発言した。2月の車輛(しゃりょう)往来の妨害行為を禁止する警告看板設置以来、職員による暴言が続いていたとの報告もある。
ソワソワ
ジャニーズの創設者・ジャニー喜多川(19年死去)の性加害を巡り、「外部専門家による再発防止特別チーム」による調査報告書が8月に公表され、「メディアの沈黙」が指摘された。1988年の元所属タレントの告発本、99年以降は週刊文春によるセクハラ疑惑報道があり、事務所が文春を提訴した裁判では04年にセクハラの真実性が認定されている。
今回の動きのきっかけは3月のBBCワールドニュースでの調査報道番組「J―POPの捕食者~秘められたスキャンダル」だ。4月に性被害当事者が記者会見、5月に藤島ジュリー景子社長が謝罪の動画配信、メディアに対しては文書回答したことを受け、ようやく多くのメディアが大きな扱いで報道を始めた経緯がある。報道機関各社が社内調査を公表したものの、エンターテインメント業界と放送局はじめメディア企業との間の構造的な関係に、どこまで踏み込んでいけるか、むしろ報道側が問われている。
5月には性犯罪被害者らの保護を図るため、起訴状など刑事手続き全般で被害者の氏名・住所を匿名化できるようにする改正刑事訴訟法が成立した。4月からは改正少年法が施行され特定少年の実名報道が可能になったものの、実質的には匿名扱いが続いている。被報道者の保護を図りつつ事件の真相を報ずることの工夫と努力が引き続き求めらている。
(専修大学教授・言論法)
本連載の過去の記事は本紙ウェブサイトや『愚かな風』『見張塔からずっと』(いずれも田畑書店)で読めます。