沖縄本島のメディア状況とりわけ新聞の購読(発行)環境は、日本の一般的な状況とは異なるものの、多くの地域では他国と異なり、新聞と放送の分野においてはっきりとした3層構造(別表)ができあがっている。それが当該地域における複数メディアの存在となり、行政をはじめとする公権力監視を実行する基盤になっているからだ。
すでに20年以上前から「ニュース砂漠」という言葉が語られ始め、米国における実証研究では、地元新聞廃刊後はその州で政府の汚職が進むといった実例が報告されている。そこで改めて、日本のメディア構造を確認しつつ、「ニュース番外地」を救うと着目される「ハイパーローカル・ニュースメディア」にスポットをあててみたい。
戦後の3層構造
冒頭に示した通り、戦後の日本は特異なマスメディア状況を維持し続けており、新聞では通例、東京を要(かなめ)とした全国紙(在京紙とも呼ばれる)と県域を発行エリアとした県紙(一部は複数県をカバーする新聞もある。例えば中日新聞は、愛知・名古屋を中心とした中京圏のほか、北陸を発行エリアとする北陸中日、東京圏をエリアとする東京新聞を擁する)がある。戦中の検閲制度の名残である1県1紙体制が、戦後すぐの復興期を挟んで確立し、ほとんどすべての県では主要な地方紙が存在する。
一方で放送では、全国をカバーする公共放送・NHKに対し、県ごとの民放があり県内には一般に2~5のローカル局が存在する。これは政府がコントロールする放送免許に従ったもので、法制化されたものである。キー局と呼ばれる東京圏の主要放送局として、日本テレビ・TBS・テレビ朝日・フジテレビ・テレビ東京があり、これらの局を中核として、大阪や名古屋の局を中心にネットワークが組まれ、疑似的な全国放送をしているわけだ(沖縄には日本テレビとテレビ東京系列の地方局はない)
ここでの大きなポイントは、新聞の場合は戦前・戦中の発行・編集態勢をそのまま継続する形で戦後体制が確立し、一方で放送の場合はとりわけ地上波放送においては戦後すぐの放送法の制定と放送政策によって、NHKと民放の2元体制はじめ現在の放送形態が形成された点である。したがって当然ともいる帰結として、沖縄戦とその後の米軍施政下によって「断絶」が生まれた沖縄県下においては、戦中の新聞発行態勢は継続しえなかったわけだし、同様に、本土の戦後放送体制は沖縄には適用されず、他県とは違う状況が生まれたことになる。
マスの存在
そしてもう1つのメディア特性は当欄でも触れたことがある「マス」の存在だ。いまや新聞やテレビが、1家に1紙とか1台と言われた「世帯メディア」かどうか疑わしいものの、それでも新聞の宅配制度が現存し、チューナー付きの大型据え置きテレビが量販店の主要商品であることからすると、世帯対比で数字を見る意味はあるだろう。今年発表された政府の最新統計によると、世帯数は23年にピークを迎え5773万世帯と推計している。人口減少にもかかわらず世帯数が増え続けているのは、世帯の単独化が進んでいるためで、平均世帯人員が約3人だった1990年には、世帯数は約4千万だった。
それを考えると、NHK受信料支払世帯は23年度末で3580万件で、支払免除を除いた受信契約対象世帯数の8割にのぼり、極めて高率だ。家でテレビ受像機を通して地上波テレビ放送を見ている数が、全世帯のおよそ半分との推計も妥当なものではないか。
一方で、現在の新聞総発行部数はおよそ2500万部とみられており(日本新聞協会の23年推計では一般紙2667万部)、全国紙と地方紙のそれぞれの合計がおおよそ半分ずつである。これを受信料計算の母数と比較すると、世帯の半分程度は新聞を購読している計算になる。このことはいまだ日本では、テレビや新聞が日常生活のなかに存在するアイテムであることの証左であり、ニュース接触ができる情報環境にあると言い換えが可能だ。
こうしたマスが継続存在しているニュース環境は、世界の中で唯一といってよい状況であって、この日本のユニークさを民主主義社会の発展に強みとして生かすことが必要だろう。
ハイパーの意味
ただし、全体として新聞離れやテレビ離れという形で、「ニュース離れ」が進んでいることは否めない。しかもその大きな要因の1つは、媒体への信頼度が大きく低下していることとされる。これとも深く関係するが、必要な情報がマスからは得られないという理由も調査では上位を占める。地域の新聞やテレビといったニュース媒体が物理的になくなった以外にも、メディアは存在しても実質的に情報入手ができない「ニュース砂漠」状態が生じているということだ。
そうした状況の中で、ニュースの空白を埋めているのが「ハイパーローカル」な「ニュースメディア」である。冒頭の表ではコミュニティに区分けが可能なメディアで、新聞やケーブル等のテレビ放送のほか、ウエブメディアとしての活動が盛んである。メディアに取り上げられるなど、筆者が偶然知ったサイトだけでも「屋久島ポスト」「NEWS KOCHI」「ニュース「奈良の声」」「Watchdog」「NEWSつくば」「TOHOKU360」など数多い。
これらの多くは、調査報道によって大手の新聞や放送が扱わない、あるいは深堀りができていない題材を、より住民視点で追及することに特徴がある。あえていえば鹿児島県警による強制捜査を受けたことで全国区で有名になった「HUNTER(ニュースサイト ハンター)」も、マスの報道空白を埋めるメディアという意味では同じ類系ともいえよう。これに、地域で確固たる存在を確立してきた地域の新聞やケーブル局も含めて、いかに地元の行政監視を含めた〈ニュース〉を届ける情報環境を維持するかが、より重要な社会課題となっている。それのためにも伝統的な3層構造をベースに置きつつ、さらにニュースを多角的重層的に伝えるハイパーローカルメディアを、市民社会としてどう後押しできるかを考える必要があるだろう。
(専修大学教授・言論法)
本連載の過去の記事は本紙ウェブサイトや『愚かな風』『見張塔からずっと』(いずれも田畑書店)で読めます。