イノウエ議員死去 米上院の重鎮 日米親善尽力


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ダニエル・イノウエ上院議員

 【米ワシントン17日=松堂秀樹本紙特派員】米議会の重鎮で日米親善に尽力し、沖縄からの多くの訪米団を支援した日系のダニエル・イノウエ上院議員が17日、呼吸器合併症のためワシントンDC近郊の米軍病院で死去した。88歳。

オバマ大統領は「米国は真の英雄を失った」との追悼文を発表した。
 イノウエ議員はことし1月に「アメリカへ米軍基地に苦しむ沖縄の声を届ける会」訪米団長の山内徳信参院議員ら、2月にも稲嶺進名護市長とワシントンで会談するなど県関係者と積極的に意見交換してきた。
 米軍普天間飛行場移設問題では、日米合意に沿って名護市辺野古に移設すべきと主張するなど沖縄側と一定の距離があったが、山内参院議員に「沖縄は豊臣秀吉の時代から日本に差別されている」と述べ、沖縄に対する共感も示した。
 ハワイ州ホノルル生まれ。父方は福岡県、母方は広島県の出身。第2次世界大戦中、欧州戦線に日系人で組織された陸軍442連隊として参戦し、手りゅう弾で右腕を失った。ハワイが州に昇格した1959年に日系人初の下院議員として政界入りを果たし、63年からは上院議員として連続9期にわたり上院議員を務めた。
 上院歳出委員、商業科学運輸委員会、情報問題特別調査委員会の委員長などを歴任。2010年からは大統領継承順位3位の上院仮議長に選出され、米国史上、アジア系で最も高い地位を獲得した。
 上院調査特別委員会委員長として1973年のウオーターゲート事件、87年のイラン・コントラ事件の調査を主導。米政府予算に大きな権限を持つ上院歳出委委員長として在沖海兵隊のグアム移転費の承認や凍結などにも携わった。欧州戦線での功績が認められ、米軍最高勲章である「メダル・オブ・オナー(名誉勲章)」、日本政府からは2000年に勲一等旭日大綬章、11年に桐花大綬章が贈られている。