認知症ケア 体制づくり急務


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 超高齢社会を迎え、病気治療や介護が必要な高齢者に質の高いケアを提供し、豊かな老後を支える体制づくりが急務となっている。国の統計では2010年度時点で、65歳以上の7人に1人が認知症を患っており、高齢化の進展に伴い、さらに増えると予測されている。高齢者ケアを考える上で、認知症への対応は焦点の一つ。県内の看護師養成学校、医療機関などで始まっている高齢者ケアの質向上に向けた取り組み、医療現場での認知症ケアの実践を追った。

<沖縄高齢者ケア研究会(仮称)>尊厳支える看護へ 質向上目指し会準備
 高齢者のニーズに対応し、高齢者ケアの質を向上させようと、県立看護大、琉球大、名桜大と浦添看護学校で老年看護を専門にする教員有志が、任意の会「沖縄高齢者ケア研究会(仮称)」を年度内に設立させる準備を進めている。今後、他の看護学校や医療現場の看護師にも参加を求める考え。看護理論に精通した教員と、経験を重ねる看護師が、連携して医療や介護現場における高齢者のニーズを把握し、ケアの質向上に向けた方法を考える。
 11月26日、「日本老年看護学会生涯学習支援研修」が那覇市の県立看護大で開かれた。3大学と浦添看護学校の教員らが実行委をつくって主催。医療の現場で行われている「抑制」がテーマだ。徘徊(はいかい)や興奮状態などの症状が生じる場合があるため、抑制が実施されがちな認知症高齢者に着目し、尊厳を支えるケアの在り方を考えた。
 研修には、病院や老健施設の看護師、市町村保健師ら約80人が集まった。現場では転倒防止のために、車いすを使う際おなかに帯をしたり、ベッド周囲を柵で囲ったりすることがある。点滴のチューブなどを抜かないように、分厚い手袋「ミトン」を両手にはめる対応もあるが、不必要な「抑制」は、人権や尊厳を脅かし、心身機能を低下させると指摘されている。
 実行委が医療機関に高齢者ケアが抱える課題を聞いたところ、「認知症への理解不足から対処法が分からない」という看護師の悩みが浮き彫りになった。
 研修は医療現場での「抑制」を再現した寸劇を見た後、グループ討議に入った。「どんな行為が抑制だと思いますか」と講師が問い掛ける。「歩けるのに転倒防止のため、車いすに座らせる行為でしょうか」「ミトンをはめることも当てはまりますかね」「介助者が徘徊を止めようと大声を出すこと」などの発言が続く。「ベッドから落ちないようにと、体を(ひもで)縛り、動けないようにしている」。実際の現場の様子を語る人もいた。
 安全確保のための「抑制」が、人権や尊厳を奪っていないかという問題意識の下で、「しないためにどんな工夫が必要ですか」という講師の投げ掛けに、経管栄養のラインを背中から回し視野に入れない、ベッド柵を外し足元にセンサーマットを敷いて行動を把握する―などが提案された。
 実行委の大湾明美県立看護大教授は「治療のために抑制はやむを得ないときもある。しかし、本当に必要かと考え、安易な拘束があれば見直しが必要だ。工夫によって減らすことは可能ではないか」と問題提起する。研究会発足に向けて大湾教授は「貧困や戦争体験から来るトラウマ(心的外傷)など沖縄の高齢者が抱える特有の課題があると思う。まず高齢者のニーズを掘り起こしたい」と語った。
(高江洲洋子)

<オリブ山病院、中頭病院>現場で工夫、「抑制」減 患者の行動背景を理解
 オリブ山病院=那覇市首里石嶺町=を運営する特定医療法人「葦の会」(田頭政佐理事長)は2000年から、法人全体で抑制外しの取り組みを始めている。当時、認知症治療病棟や精神科病棟では安全確保の目的で、行動を制限する「抑制」が行われていた。看護部の上里さとみさんは「身体疾患が良くなっても、縛られることで心を奪われ、気力を失う人がいた」と振り返る。患者の姿に、看護師も心を痛めていた。
 抑制外しに向け「何が抑制か」を話し合った。(1)徘徊(はいかい)や転倒防止のため車いす、ベッドに体や四肢を縛る(2)ベッドを柵で囲む(3)チューブを抜かないように四肢をひもで縛ったり、ミトンをつけたりする(4)おむつ外し防止へつなぎ服の着用(5)向精神薬の過剰服用―など12項目を「抑制」と位置付け、文書化した。看護体制の見直しやケアを工夫し、「抑制をするのは、生命を脅かすことにつながるときのみ」との共通認識を持った。
 40床の認知症治療病棟。認知症患者特有のおむつ外しは、不快感を示すサイン。徘徊には、「話し相手がほしい」など何らかの理由があると職員は考えた。以前は、定時に一斉でおむつ交換をしていたが、個々の排泄リズムを把握し、トイレに付き添う。点滴の管をタオルで覆い見えないようにする。胃から栄養を取る「胃瘻(いろう)」の栄養補助剤を短時間で注入できる商品に換えた。ケアの見直しで「抑制」は着実に減ってきた。
 入院生活に戸惑い、騒ぎ出す人がいれば、静かな部屋へ移動させ、話をじっくり聞いて落ち着くのを待つ。病棟看護師課長の金城芳枝さんは「行動をすぐ止めるのではなく、その方の置かれた状況を考えた上でのケアが大事だ」と語る。
 急性期病院の中頭病院=沖縄市知花=でも、3年前から高齢者の特性を理解したケアに本格着手した。成人病棟では65歳以上の高齢者が6割を占める。手術のストレスと睡眠不足が原因で1日で認知症を発症する患者もいる。翁長多代子看護部長は「延命治療だけではなく、生活の質まで考えないといけない。若い看護師は高齢者をどうケアしていいか戸惑っているという声もある」と語る。
 院外で開かれる高齢者看護の勉強会にも職員を派遣。手術後にいち早くリハビリを入れ、ベッド柵を外しセンサーマットを敷いた。安易におむつを使わず、職員がトイレに付き添う。抑制は、人工呼吸器のカニューレや経管栄養のチューブを外す危険があるときの最小限にとどめている。病棟看護師は毎日、抑制の実施状況を出し合い、必要性を検討している。

「日本老年看護学会生涯学習支援研修」で、安全確保を目的に患者の行動を制限する「抑制」を再現した寸劇=11月26日、那覇市与儀の県立看護大学
行動制限する「抑制」につながるベッドの柵に代えて、ベッドの足元に敷いたセンサーマット=17日、沖縄市知花の中頭病院