沖縄をSUPの聖地に
SUP(サップ)は、スタンドアップパドルボードの略。水面に浮かぶボードの上に立ち、1本のパドルを漕(こ)いで進むウオータースポーツだ。近年、初心者でも簡単に楽しめるレクリエーションとして人気を集める一方、スピードや技術を競う競技も盛んに行われており、2032年のオリンピックでは、種目入りも期待されている。名護市安部で生まれ育った18歳の荒木珠里(しゅり)さんは、16歳でSUPの史上最年少世界チャンピオンに輝いたトップオーシャンアスリート。日本、そしてアジアで、過去にSUPで世界の王座に輝いた人は他にいない。その圧倒的な実力は、今、世界から注目を集めている。
「記憶にない頃から海で毎日遊んでいました」と笑顔で話す荒木珠里さん。
生まれ育ったのは名護市安部。母方の祖父は地元のウミンチュで、珠里さんも物心ついた時から、家のすぐそばにある浜を遊び場にしていたという。
父・汰久治さんは、国内外でカヌーやライフセービング、SUPの経験を積んだマリンスポーツの達人。糸満市から、星や太陽で方角を確認しながら、人力でサバニを漕いで約2千キロ先の愛知県まで航海を成し遂げたこともある。ハワイの友人から、当時日本で全く知られていなかったSUPを知り、折りたたみ式のボードをリュックに詰めて沖縄へ運んだところ、6歳の珠里さんが興味を示し、すぐにSUPでミジュンを取って遊び始めたと振り返る。
波と風を読む力
小学2年で競技としてSUPに取り組み始め、国内外のレースへの出場を開始した。たちまち優れた才能を発揮し、小学3年の時に全日本SUP選手権大会小学生部門で優勝。小学5年にはPacific Paddle Games世界選手権(USA)9―11ユースで総合優勝を果たし、沖縄県から児童生徒等表彰を授与。
その後も国内外の大会で飛び抜けた実績を残し、高校入学と同時にプロ活動を開始する。高校1年でISA世界選手権の史上最年少16歳世界チャンピオン、史上初の2冠に輝く。翌年も同大会で二連覇二冠という前代未聞の快挙を達成した。今年のSUP世界ユーロツアー2024年でも史上初の4戦全勝、総合優勝を果たし、その勢いはとどまるところを知らない。
体格と筋力では、年上の国外の選手のほうが当然上回る。朝晩の練習に励むほかには、機械的な筋トレも行わない。にもかかわらず、珠里さんは世界大会で圧倒的な強さを見せる。その強さの秘密は、波と風を読む力にある。
「僕の場合、幼い頃から野性の力を磨いてきたので、波や風、目に見えない自然の動きを予測して、味方につけることができます」
さらに、毎日の練習の中で身に付けた独自の体の動き、そして父から指導を受け磨かれた精度の高い技術が武器だ。普通、ターンを行う際には左右どちらかの利き足を軸とするが、珠里さんは両足を同じように使ってターンできる。二人三脚で成長を見守ってきた汰久治さんは「この野性の能力と動きができるのは、世界でも珠里だけ」と話す。
金メダル見据え奮闘
「リーフに囲まれた沖縄は、SUPをやるには最適の環境なんです」と汰久治さん。リーフ内では波が静かな環境、外洋では波と風が強い環境があり、さまざまな状況に対応する力を身に付けることができるのが利点だ。現在SUPの競技が盛んなヨーロッパでは、湖や河川を練習の場とすることが多いため、波を読む力が磨きにくいという。
珠里さんの活躍によって、国外の選手も沖縄のアドバンテージに気付き始め、汰久治さんが代表を務めるKANAKA沖縄へ国外の選手が短期留学に訪れることも出てきたそうだ。「ゆくゆくは、沖縄をSUPの聖地にしたい」と珠里さん、汰久治さんは意気込む。
休むことなく挑戦を続け、今月末は韓国遠征、そして11月末にアメリカで開催される世界大会のICF世界選手権では、前代未聞の3年連続世界制覇を狙う。
その先に見据えるのは、2032年に種目入りが期待されるブリスベンオリンピック。現在日々一緒に切磋琢磨する小学5年生の妹・夏南風(かなか)さんと共に、金メダルきょうだいの誕生を期待したい。
(日平勝也)
KANAKA沖縄 公式サイト
https://www.kanakaokinawa.org/
(2024年9月5日付 週刊レキオ掲載)