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コロナ禍で変えていけること<伊是名夏子100センチの視界から>162


コロナ禍で変えていけること<伊是名夏子100センチの視界から>162
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 この3年、コロナ禍で生活様式がいろいろと変わり、障害のある私にとっては皮肉にも、便利なことも増えました。車いすでの移動は歩ける人の2倍から3倍の時間がかかります。またヘルパーさんを連れての外出は細かな日程調整や、2人分の費用が必要で大変なことがあります。しかしオンラインが盛んになり、自宅にいながら興味のある講演会を聞いたり、私も仕事として講演したりすることが増えました。

 階段があって入れなかったレストランでも、テイクアウトや事前予約ができるようになり、予定を立てやすくなりました。またビュッフェスタイルのレストランでは、車いすの視界からは台が高く、食事が見えず、取り分けがしにくかったのですが、一人分がお皿に盛られるところもあり、取りやすくなりました。

 席にいながらタブレットで注文できるレストランもあります。これは聴覚に障害がある人や、子連れで席を離れられない人にとっても便利でしょう。ただタブレットを使えない人もいるので、これまでのような店員さんへの注文も選べるのが理想です。選択肢があることで自分に合ったものを選ぶことができ、生きやすくなります。

 しかしコロナ禍で、人との交流が減り、残念なこともありました。娘が幼稚園の運動会前に「友だちがママのことを小さいとか、変とか言うのが嫌なんだ」と言いました。息子の時はそういうことがなかったので、どうしてだろう、と考えたら、彼の時は私が週に数回は幼稚園にお迎えに行き、行事もあり、私が他の子どもとふれあう場面がたくさんありました。しかし娘の時はコロナ禍で、それが一気になくなったのです。車いすに乗っている小さな私を見たら、不思議に思ってしまう子どもの気持ちも分かります。

 いろいろな人が生きているのは当たり前なのですが、障害があったり、平均からずれたりすると、通う学校や住む場所が分けられがちです。意識的に一緒にふれあう場を作り、お互いの存在が目に見えて、理由なく関われることが大切です。それが一気に奪われたのは、コロナ禍の大きな弊害です。安全のために、命のためにという理由で、そうせざるを得なかったこともあるでしょう。しかし私たちは学びながら、賢く変わっていくことができます。ハプニングやトラブルを乗り越えながら、いろいろな人が生きていることを大切にし、選択肢を増やしていきたいですね。


 いぜな・なつこ 1982年那覇市生まれ。コラムニスト。骨形成不全症のため車いすで生活しながら2人の子育てに奮闘中。現在は神奈川県在住。