2000年10月31日、首相官邸。稲嶺恵一知事(当時)や岸本建男名護市長(同)らに対し、河尻融防衛施設庁施設部長(同)は、政府が1997年に実施した大浦湾一帯の地質調査結果を説明していた。「一部に断層によると考えられる落ち込みが見られる」
指し示した資料では、その落ち込みに合わせて水面下約90メートルの地点まで比較的新しい時代の「沖積層」が堆積していることが明示されていた。沖積層は氷河期の後に堆積した地層で、締め固められておらず、軟弱とされる。加えて河尻氏が口にした「断層による落ち込み」には一般的に軟弱な地層が堆積しやすい。
当時から大浦湾周辺の軟弱地盤を示唆するデータを既に持っていたにもかかわらず、政府が現行の新基地建設計画で地盤改良工事の必要性を認めたのは2019年になってからだった。県には地盤改良の必要性を伝えずに埋め立て承認を得た。
さらに時代をさかのぼると、1966年に米軍がまとめた資料でも地盤が軟弱であることが記されていた。政府にとって詳しく調査すれば軟弱地盤を確認できるタイミングは複数回、あったはずだった。
防衛省の地盤改良工事は、砂などでできたくい約7万1千本を海底に打ち込む計画だ。防衛省は公式ホームページで羽田空港や関西国際空港(関空)の事例を並べた表を掲載し、両事業よりも打ち込むくいの本数が少ないことを強調している。
ただ、くいの本数は面積により増減する。大浦湾の軟弱地盤の深刻度を示すのは深さだ。日本大の鎌尾彰司准教授(地盤工学)は「国内で実績を聞いたことがない深さだ。海底に凹凸の多い大浦湾で70メートルを改良するのは難度が高い」と指摘する。
大浦湾では最も深い地点で約90メートルの軟弱地盤が堆積している。だが、政府は約70メートルまでしか改良工事を実施しない。約20メートル、未改良地盤が残ることになる。鎌尾氏は「埋め立て完了後にも沈下が進む」と分析した。
関空は埋め立て工事の開始から約35年たった今も沈下が続く。関空によると、沈下で建物に傾きが生じるため、数年に一度、ジャッキで建物の柱を持ち上げて鉄板を挟むことで建物の傾きを調整している。
大浦湾を埋め立てて仮に滑走路が完成したとしても「後遺症」として滑走路にゆがみやくぼみが生じる可能性がある。
防衛省は今月10日、史上初の代執行に基づいて大浦湾で工事を始めた。その日夕、着工を伝えるテレビニュースを見ながら、ある県関係者はつぶやいた。「工事が始まったと言っても、軟弱地盤が消えるわけじゃない。ここからだ」。本格的な埋め立て工事の開始という大きな節目を迎えたが、建設に向けて最大の障害となる軟弱地盤の問題は依然として残る。 (明真南斗、沖田有吾)