<金口木舌>もうひとつの時間


社会
<金口木舌>もうひとつの時間
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 満腹と眠気、大量の原稿直しに煩悶するいつもの午後、同僚の言葉で目を覚ます。「クジラ来ましたー」。渡嘉敷島の米田英明通信員から、その朝撮影したザトウクジラの話題が届いた

▼散歩中に突然遭遇し、跳躍の瞬間は撮れなかったというが、早朝の深々とした群青の波や白いしぶきを上げるクジラの尾びれが、大きな海を目の前に連れて来る
▼慶良間などの沖縄近海で繁殖や子育てをするために、アラスカやロシアなど北の海から数千キロの旅を経てクジラが回遊する季節がまた巡ってきた。私たちの生活の少し先にある海を今この瞬間も悠々泳いでいる
▼写真家の星野道夫さんは書いた。「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい」
▼自然の中で連綿と続く別の命を思い出すこと。そしてせせこましい日常もかけがえのないひとつの時間。クジラの泳ぐもうひとつの時間はそんなことを照らしてくれる。