名護市の羽地大川はかつて豪雨のたびに氾濫したので、1735年、三司官蔡温は王命で治水の計画を立て、改修工事を行った。44年、このことを記して碑を建て、1830年に建て替えた。「改決」とは改めて(川を)開くの意。【県指定史跡】
改決羽地川碑記 (かいけつはねじがわひき)
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琉球新報社
名護市の羽地大川はかつて豪雨のたびに氾濫したので、1735年、三司官蔡温は王命で治水の計画を立て、改修工事を行った。44年、このことを記して碑を建て、1830年に建て替えた。「改決」とは改めて(川を)開くの意。【県指定史跡】