【キラリ大地で】アメリカ/山城春雄さん(76) 日本庭園改修に着工


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「清流苑」改修工事着工式に参列した山城春雄さん

 1980年、ロサンゼルスのリトル・トウキョウに設立された日米文化会館とほぼ同時に完成した日本庭園「清流苑」が、ここ10年来老朽化が目立ってきた。
 設計者も含めて6人の造園業者がボランティアで労力を提供し、改修工事をすることになり、着工式がこのほど行われた。
 参列者の中にウチナーンチュ3世の山城春雄さん(76)もいた。山城さんは2005年に、ボイルハイツのローズベルト高校の日本庭園「平和苑」の改修工事にも携わり、管理を引き受けている。同高校では多くの日系学生が学んだ。
 山城さんは南カリフォルニア在住。長く造園業に携わり、アメリカの日本庭園造成に貢献し、03年に大日本農会南カリフォルニア支部から紅白綬有功章を授与された。20年前の1982年にも緑白綬有功章を授章。紅白はその1段階上で、さらにその上に紫白綬有功章がある。
 毎年盛大に行われる県人会新年宴会の舞台装飾のためのポット・フラワーの提供や、県人会館の中庭内庭に造園をするなどボランティア精神に満ちあふれた人で、多くの人たちから敬愛されている。
 1931年、旧与那城町生まれで前原高校卒(3期生)。17歳で渡米し、ロサンゼルス市立短期大学卒後、UCLA・USCで造園の特別講座を受講し、29歳で公式造園技師の免許を取得、本格的な日本庭園造園業に携わってきた。36歳で全米造園技師協会ロサンゼルス支部会の会長を務めた。
 南カリフォルニアを始め、テキサス、シカゴ、メリーランド、セントルイスまで足を運び、造園に従事し、多くの名誉ある賞を受賞をしている。
 2001年に第22代沖縄県人会会長に選出された。会長在任中は、料理記者の岸朝子さんとの懇談会を庭園で開催した。
 第3回世界のウチナーンチュ大会キャンペーンのため、当時の稲嶺恵一知事一行がキャラバン隊と一緒にロサンゼルスを訪問した際には、ホテル・ニューオータニで歓迎会を開催し、大会開催をバックアップした。残念ながら家族に不幸があり、ウチナーンチュ大会には春雄さん夫婦は参加できなかったが、娘夫婦を代わりに派遣した。
 新崎進悟君(当時17歳)の心臓移植手術がUCLAメディカル・センターで実施されたときに、県人会がリードして基金援助に多大な貢献をした。進悟君の手術は成功し、彼は今沖縄で頑張っている。
 現在も県人会の理事、渉外、カジマヤー部長、沖縄県民間大使などの要職にあり、写真家でもある。県人会館近くのガーデナ市にタカコ夫人と居住。3番目の息子が造園業を受け継いでおり、最近では半引退の身だ。
 「清流苑」の改修工事への参与に当たり山城さんは「日米文化会館の創設者の1人、故・土井崎ジョージ氏に大変お世話になった。その恩返しも含め日系コミュニティーに貢献したい」と語った。
(当銘貞夫通信員)