あるじ不在の一軒家は、森のようになっていた。福岡市内にある閑静な住宅街の一角。325平方メートルの敷地からせり出した樹木は隣地や道路にまで及び、空き家になってからの月日を物語る。隙間から見えた木造2階建ては、屋根が朽ちていた。
「火災や台風での倒壊が心配だ」。西日本新聞「あなたの特命取材班」に地域住民から積年の不安が寄せられ、取材を始めた。
辺りで聞き込むと、家には元々、父親と息子が住んでいたという。10年ほど前に父親が亡くなると、息子は徐々に家を空けるようになった。そして6年ほど前、姿を消した。家屋は荒れ、数十匹の野良猫がすみ着いたこともある。
町内会長(76)は「息子がどこにいるか分からず、地域としては道路の落ち葉を掃除するのがせいぜい。手の打ちようがない」とため息をついた。
福岡市は息子の居場所を把握できなかった。それでも2年前に「管理不全空き家」と認め、訪問や文書で16度にわたって指導を試みた。時に周辺に張り込むも、なしのつぶて。玄関先には未開封の郵便物が積み重なっている。
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昨年12月、市は福岡地裁にある申し立てを行った。所有者が不明だったり連絡が取れなかったりする建物や土地を、第三者に管理させる制度を活用した。今年6月3日までに息子から異議がなければ、空き家と土地の行方は裁判所が選ぶ「管理人」に委ねられる。
「姿を消す直前、公園で寝泊まりしていたのを見かけた」。住民から得た情報を手掛かりに、記者がホームレス支援団体に問い合わせると-。
「息子さんらしき人、多分います」
名前と年代、住んでいたという行政区が一致した。
ホームレスになっていた所有者 目を伏せ「精神的にきつくて」
5月中旬、福岡市博多区の教会。ホームレスを支援するNPO法人「美野島めぐみの家」による毎週恒例の炊き出しに、市が「居所不明」とした空き家の所有者とみられる男性はいた。
着古したジャンパー、長ズボンにサンダル姿。伸びた髪を頭の後ろで束ねていた。持病があるのか、両手足は腫れていた。
空き家の所有者本人か確認を試みる記者を、男性は「名前も住所も知っているでしょ」と笑ってかわした。複数の地域住民の名字を正確に答え、自身の年齢を60歳くらいと言った。
「つまらない人生です」。大学受験の失敗が曲がり角だったとこぼした。「挫折感みたいなものがあり、高校を出てからはひきこもりのような状態になった」
以前は両親、兄との4人暮らし。家族と死別し、10年ほど前、1人で暮らすように。財産の管理や相続を巡る関係業者とのやりとりの中で「精神的にきつくなって家を出た」と話した。
所持金があるうちは、ホテルやインターネットカフェを転々とした。今は福岡市中心部の公園に寝泊まりし、支援団体が行う炊き出しを巡る毎日という。
◇ ◇
全国で使用目的のない空き家は385万戸(昨年10月時点)に上り、今後も増える見通し。一般的に、自宅を所有する高齢者が老人ホームや子ども宅に転居することで発生する。ただ、男性のように所有者が姿を消す事例も珍しくはない。
国土交通省のシンクタンクによる2017年の調査では、所有者不明の土地や建物があるとした711自治体のうち、4割が「所有者の生存を特定できたが居所が不明」と答えた。「車上生活との情報がある」「スーパーの駐車場で行方不明に」といった実例が報告されている。
こうした場合、戸籍情報などの公的データは頼りにならない。ある自治体の担当者は「ケースは十人十色。他にも案件を抱え、捜し出すのは難しい」と明かす。
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◇ ◇
「近所には申し訳ないと思っています」。誰も立ち入ることができずに朽ちゆく実家について伝えると、男性は目を伏せた。放置すれば荒廃が進むことは想像していた。後ろめたさから地域に近づけないでいる。
相続などの行政手続きをすると精神的に参ると繰り返した。「今の生活には満足していないが、やっかい事を考えなくて済む。正直、どうしていいのか…」
空き家と土地の管理を第三者に任せたいとする福岡市の申し立てが載った書面を示すと、しばし見入った。異議の申立期限は6月3日に迫っている。
事情を知った「めぐみの家」の瀬戸紀子顧問(80)が、旧知の司法書士に連絡したところ「いつでも手助けする」と言ったという。空き家近くに住む町内会長(76)も「苦手なことは手伝うから、今からでも相談してくれれば」と話す。
現時点で男性は実家に戻るつもりはない。それでも、手放したくないという気持ちを拭い切れていない。「50年ほど住んで思い入れはあるし、父が残した大切な財産でもあるから」。入り乱れる感情が伝わってきた。 (西日本新聞・森亮輔)
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