【密着】非行、不登校…沖縄を彷徨う少年少女に向き合う 元沖縄少年院法務教官・武藤杜夫の1日に迫る

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〝居場所〟はここにある
「待つ」から「探し出す」支援へ

沖縄少年院の法務教官を2017年3月に辞職した後も、「不良少年」「非行少女」と呼ばれる少年少女たちと関わり続けている武藤杜夫さん(40)。法務教官時代、常に「熱血」の枕ことばが付いていた情熱の注ぎ様は、今も変わらない。少年少女と同じ目線で寄り添い、支援へとつなぐ武藤さんの1日に密着した。

◇稲福政俊(琉球新報社ニュース編成センター記者)


孤独と困難を抱えた子どもたちに寄り添い続ける武藤杜夫さん(金城良孝さん撮影)

寄り添い続けるから見える〝本音〟


高校受験が間近に迫った2018年1月中旬、武藤さんは那覇市の国際通りにあるコーヒー店で一人の少女を待っていた。午前10時、制服姿で現れたのは、中3のミキ(仮名)だ。「受験前だし、髪を黒に染めたんだよ」と、明るい表情で友達のように接してくるミキに、武藤さんも笑顔で応じる。

武藤さんがミキと出会ったのは2年ほど前。深夜の公園を見回っていた際に出会ったという。以来、学校になじめなかったミキに寄り添い、那覇市内の「居場所」につないだ。高校受験を控えたミキは、この日、居場所に向かう予定だった。そこへ行く前に、武藤さんは現状や進路などの相談に乗っていた。

「ミキは、学校に行かなくなったのではなく、行けなくなったんです」。武藤さんはゆっくりとミキの過去を話し始めた。

中学進学直後、仲の良かった友達グループから突然無視され、学校に居づらくなった。学校側はいじめに気付かず、いじめた友達に虚勢を張って服装違反や遅刻を繰り返すミキを「怠けている」として家に帰した。独りぼっちになったミキは深夜の公園に居場所を求め、他校の不良生徒とつるむようになり、学校へは行かなくなったという。


子どもと同じ目線で


「お前も大変だったよな」と武藤さんが言うと、ミキは「だからねー。大変だったってば」と返す。声は明るいが、目は笑っていない。

「ミキにとって学校はどんなところだった?」と聞くと、悩みながら「青春の舞台ではない」ときっぱりした返事が返ってきた。

ミキは「友達が行くから」という理由で受験する高校を選んだ。武藤さんはミキの選択に理解を示している。「学校の先生方は『友達が行かなくなったら学校に行かなくなり中退するだろう』と言いますが、仲のいい友達がいるから進学を選択し、学校に通うことができる場合だってある」。そう言うと、ミキも「同意」とばかりに大きくうなずいた。

武藤さんは「子どもたちと同じ目線で接する」ことを大切にしている。面談中、何かをとがめたり、説教口調になったりすることはない。

「『不良』と呼ばれる少年少女は、実は自信のない子が多い。勉強やスポーツができる子と違って、認められた経験が少ないからです。同級生やきょうだいと競争をさせられ、負け続けてきた子たちにとっては、学校も家庭も居心地の悪い場所でしかない。孤独を恐れる彼ら彼女らが同様に傷ついている不良仲間とつるむのは当然のことです」


「待つ」支援から「探し出す」支援へ


コーヒーを飲み終え、ミキを居場所まで送り届けると、今度は動向が気になる少年に電話を入れた。「どこにいる?飯は食べたか?じゃあ、すぐ行くから待っとけ」。短いやりとりでアポイントを入れると、高速道路に乗り車を北部へと走らせた。

車中、武藤さんは助けが必要な子どもを探し出す「ディスカヴァー型(探索型)相談支援」について説明してくれた。ディスカヴァー型の支援とは、武藤さんが現場での支援を重ねる中でたどりつき編み出した手法だ。

施設などで来所者を待つ従来の「センター型」や、要請に応じて訪問する「アウトリーチ型」とは異なるのは、深夜の街頭巡回、SNSの監視、交流がある子どもたちからの情報提供等により問題を抱える子どもを積極的に探索し、接触を図って困り感を引き出すとともに、適切な関係機関と連携してその状況を打開することを目的としている点だ。


僕の行く場所が「居場所」


「とりあえず何か食べてもらわないと」と話しスーパーに立ち寄った武藤さん=2018年1月

「最近、子どもの居場所があちこちにオープンしています。すばらしいことです。ですが、子どもたちが自ら進んでその居場所を探したり、足を運んだりすることは難しい。そもそも、居場所が足りていない地域の方が多い。つなぎ先としての居場所には限界があるんです。僕は、僕の行く場所が子どもたちの居場所だと思っています。子どもたちが求めているのは立派な建物じゃなくて、信頼できる大人。寄り添う気持ちさえあれば、車の中だって、公園だって、コンビニの前だって子どもの居場所にできると思っています」

途中、武藤さんはスーパーに寄って沖縄そばとお菓子を買った。子どもたちに食べさせるためだ。「おなかをすかせている子が多いから、とりあえず何か食べてもらわないと」。


少年少女のリアルを支える


一緒に料理をしながら少年の悩みを聞く武藤杜夫さん=2018年1月、沖縄本島北部

昼過ぎ、食料を買って到着したのは、アパートの一室。中3のサチ(仮名)が父親と二人で暮らしている部屋だ。2DKの部屋にいたのは、サチのほか、制服を着た男子中学生が3人。皆、通っている学校はばらばらだ。サチの父親は日中、仕事でいないため、遅刻や服装違反で学校から追い返されると、いつもこの部屋にたまって遊んでいるという。

武藤さんは早速、散らかった台所へ向かった。食器棚には、食べ残しのご飯が茶わんに残ったままひからびていた。「手伝って」と声を掛け、中3のシュン(仮名)と皿洗いを始めた。作業をしながら「卒業したらどうするか決めたか?」と、進路を確認する。「行けたら高校に行く」と返すシュン。「もし働くんだったら、いいところ紹介するぞ」と、ここでも就職の選択肢を提示した。

皿洗いを終えると、今度はコウイチ(仮名)を呼んで一緒に沖縄そばをゆで始めた。コウイチともシュンと同じような会話を交わす。



背景にある問題を解決するために


作業を一通り終えた武藤さんは、ずっと布団をかぶったままのサチの様子を気にして「熱を測ってみろ」と体温計を差し出した。サチは熱を出していた。作ったそばにも手をつけない。武藤さんは「お菓子もあるから、好きなときに食べろよ」と心配そうに声を掛け、枕元にお菓子を置いた。

少年らは部屋の中で電子たばこを吹かしていたが、武藤さんが「たばこを吸うな」と注意することはなかった。

「未成年がたばこを吸っていいわけがない。当然です。けれど、それを頭ごなしに注意しても、子どもたちは別の場所に逃げてたばこを吸うだけです。問題は何も解決しない。子どもたちの背景にある大きな問題を解決するためには、それより小さな問題に目をつむらなければいけないときもある。僕は、超現実的な人間です。こんなやり方は、学校の先生には理解してもらえないでしょうが」



「助けて」と言える存在


時には〝彼ら〟を探しながら街を歩くことも 金城良孝さん撮影

サチの部屋を出ると、今度は別の街に向かった。サチの友人の一人、中3のジュンコ(仮名)に会うためだ。ジュンコは年末年始に深夜の公園で酒盛りをしてつぶれ、病院に救急搬送された後、そのまま児童相談所(児相)で一時保護された。サチの別の友人は、病院に運ばれた後から連絡が全く取れなくなったジュンコを心配し、泣きながら電話で武藤さんに助けを求めた。

武藤さんは交流がある子どもたちのネットワークを駆使してジュンコが児相にいることを突き止めると、同時にジュンコの保護者の連絡先も突き止め、いち早く連絡を取り合って支援の段取りを組んだという。

「僕は、何でもかんでも先回りして支援するつもりはありません。子どもたちは、困りごとから学んでいくことの方が多いからです。けれど、危機的な状況に陥ったときに相談できる大人がいないと、問題が深刻化しやすい。取り返しのつかない事態に陥ったケースもたくさん見てきました。だから、本当に困ったときに『助けて』と言える子どもであること、『助けて』と言ってもらえる大人であること、そのために日ごろから信頼関係を築いておくことが大切だと思っています」

共に〝現実〟を見つめ解きほぐす

この日は、児相を退所したばかりのジュンコと父親を交えた「三者面談」を開くことになっていた。武藤さんは居間に通され、ジュンコに卒業後の進路を聞いた。

ジュンコは「卒業したらサチの部屋で一緒に住んで、近くでバイトでもする。お金が貯まったら、サチの家の近くに部屋を借りる」と言う。小さな学校でいじめに遭い、学校の外に仲間を求めたジュンコにとって、サチは大切な親友。近くにいたいという思いがひしひしと伝わる。

武藤さんはジュンコの話にうなずきつつも「バイトの時給はいくら?1日に働ける時間は?」と問い掛けた。ジュンコはどちらも分からず、返答に困った。「考えているより給料はもらえないかもしれないよ。確認しといた方がいい。もし、当てがないなら、僕が条件の良い知り合いの職場を紹介するから」と、別の就職先を教えた。

親にも寄り添う

「お父さんとしてはどうしてほしいですか」と、武藤さんが父親に話を振ると、父親は「進学してほしいけど、入試も今の状態なら受からないだろう。せめて夜間の学校に通ってほしいが、もう(ジュンコが)決心してしまっているから」と、悩みを吐露した。

武藤さんは「僕も非行に走っていたから、大学へ行ったのは27歳になってからです。いつだって学び直しはできますよ」と助言した。

ジュンコの父親は病気で仕事を失っていた。武藤さんは父親の様子も気に掛け「新しい仕事は見つかりましたか?」と尋ねた。父親は「役所関係の仕事があった」と、新しい仕事が決まったことを伝えた。その話を聞くと、武藤さんの表情が緩んだ。張り詰めた空気が一変し、その後は父親の趣味の話などで和やかな空気になった。「お父さんもいい方向に向かっていて良かった」と武藤さんがつぶやいた。

武藤さんは、このあとも車で北部を走り回り、ファミリーカウンセリング1件、不登校生徒の家庭訪問2件、少年院の卒業生との面談2件をこなし、那覇の自宅への帰宅は深夜になった。

「就職」も自立への選択肢


スマホで少年少女と連絡を取る武藤杜夫さん=2018年1月、沖縄本島北部

この日、武藤さんが訪問したのはほとんどが中3の少年少女だった。

「卒業前の季節は中3の問題が噴出しやすい。進路の問題です。だから、中3を優先的に訪問しました」

そして、武藤さんはその子どもたちに「就職」という選択肢を提示し続けた。就職先として提示する企業名も具体的に出し「寮がある」「送迎がある」など、条件面も細かに説明した。

「先生方は高校進学を勧めがちですが、義務教育は中学校まで。今の時代は年を重ねてからの学び直しも容易になっています。子どもには向き不向きがある。独立心が強い非行少年には、早い時期の就職の方が自立に有効な場合もあります」

就職先を開拓して「つなぐ」


沖縄少年院の法務教官だったころも退職後も、子どもたちを取り巻く過酷な現状や支援のあり方について語り続けている=2016年

武藤さんは県内外で講演活動をしており、そこには経営者が参加することも少なくない。「子どもたちの面倒を見たい」という経営者と積極的につながり、就職先や職場体験先を確保していく。人手不足も相まって「中卒でも雇いたい」という企業は多いという。実際、武藤さんの紹介で中学校卒業と同時に正社員として就職した子どももいる。

武藤さんによると、中卒で仕事を探す子どもたちは、労働条件が悪い仕事を選びがちだという。特に女子は時給が高いキャバクラなどを選び、稼いだお金を派手に使ってしまうので、さらに高い収入を得るため性風俗産業に足を踏み入れることも少なくないそうだ。

「周囲は、そんな彼女たちの金遣いを見て『散財している』と思うかもしれませんが、そうでもしないと心のバランスが取れなくなるなんです。結果的にお金は貯まらず、自立もできず、心の傷だけ増えていく。大人に利用されがちな少女たちは、特に問題が深刻化しやすい。そうなる前に食い止めなければいけません」

こうした武藤さんの活動は現在、国や地方自治体からの補助金ではなく、講演料や寄付金などの自主財源で運営している。武藤さんは「補助金を受けることで活動が制約されてしまうこともある。僕が関わっているのは制度の隙間にいる子ばかり。行政とは異なる立ち位置で、子どもたちの自立のために必要な支援を続けていきます」と語る。


金城良孝さん撮影

「立ち上がれ、少年院の『卒業生』たち」
スーパー公務員・武藤杜夫は、なぜ沖縄少年院を去ったのか? 教え子たちと始める新たな挑戦


2016年8月のインタビュー「少年院を日本一の学校にする」 武藤杜夫
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【プロフィル】

武藤杜夫(むとうもりお) 1977年9月6日、東京都生まれ。

中学生時代から非行が始まり、問題行動が深刻化。ボクシングジムに入り浸り、学校をボイコットしていたため、成績は3年間オール1。おちこぼれの烙印を押される。

その後は、ヒッチハイクで全国を放浪するなど浮浪児同然の生活を送るが、教育者としての使命に目覚めると、一転、独学による猛勉強を開始。一発合格で法務省に採用される。

プレビュー

2009年には、沖縄少年院の法務教官に着任。逆境から獲得した人間力で多くの非行少年を感化し、更生に導くなど、短期間でめざましい実績を上げる。マスコミの注目を集め、スーパー公務員として将来を嘱望されるが、2017年、幹部への昇任を固辞して突然辞職。同時に、教え子である少年院の卒業生らと「日本こどもみらい支援機構」を設立し、代表に就任する。

現在は、沖縄全島を舞台に、非行を始め、不登校、ニート、ひきこもりなど様々な問題を抱える青少年と現場最前線で交流しているほか、講演活動、執筆活動などにも精力的に取り組んでおり、その活躍の場は全国へと広がっている。



~ 編集後記 ~

武藤さんと少年少女の距離感は絶妙だ。友達のように振る舞うわけでもなく、親や教師のように説教をするわけでもない。多くの言葉を並べるのではなく、「聞く」という姿勢に徹している。受け止めてくれるという安心感が、子どもたちの本音を引き出しているのだろう。武藤さんが向き合い続けている子どもたちの多くは、大人には攻撃的な態度の「不良」と映るはずだ。しかし、武藤さんの前では、傷を抱えた幼い子どもの面が浮き出てくる。

武藤さんは、子どもたちとつながるためにLINEやフェイスブックなどのSNSを多用する。最近は繁華街を夜回りするよりも、タイムラインをチェックすることが多いそうだ。子どもたちの行動に合わせ、探索の方法も柔軟に変えている。

子どもの貧困や少年少女の非行など、子どもをめぐる多くの問題には、官民問わず多くの支援策が用意されている。しかし、支援が必要な子には届かず、宝の持ち腐れになってしまうことが少なくない。

武藤さんが提唱・実践する「ディスカヴァー型相談支援」は、困っている子どもたちと、困りごとを解決できる人々をつなぐ、欠かせないピースだ。誰にでもできることではないが、武藤さんのような人が増えれば、多くの支援策がもっと効果的に回り出すはずだ。

(稲福政俊)

 



稲福政俊(いなふく・まさとし) ニュース編成センター所属。普段は記事をレイアウトしたり見出しを付けたりする内勤の整理記者だが、本紙連載中の「彷徨う」取材班に入り、少年少女の問題も取材している。

 



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