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今回は話題の映画『義足のボクサー GENSAN PUNCH』について、主演兼プロデューサーを務めた尚玄さんを直撃しました。
沖縄出身の尚玄さんが主演、実話がベースで沖縄ロケを実施、カンヌ国際映画祭監督賞受賞の名匠がメガホンを握ったなど・・・気になるトピックがたくさんある本作。中でも「構想から映画化まで8年かけた」という点に注目し、そのきっかけからフィリピンロケの苦労話まで、尚玄さんに語っていただきます。
聞き手:饒波貴子(フリーライター)
心からの共感が構想のスタート
―俳優としてプロデューサーとして、演じることも製作面も全力で取り組んだ作品がついに公開されました! 「構想から完成まで8年」という長い年月をかけたそうですが、どのような流れを経たのでしょうか
この作品は実話をベースにした映画です。モデルにした義足のボクサー、土山直純(なおずみ)くんとは知人の紹介で10年以上前に出会いました。お互いのことを話しながら徐々に仲良くなっていきましたが、彼のバックグランドを聞いて大きな感銘を受けたのが8年前。「いつか映画にしていいか」とスグに許可をもらいました。共感できる話でしたし、自分の心の中で感じた思いを演じてみたいという気持ちになりました。そうやってリアルな感情を表現することが俳優にとって一番だと思いましたし、それに勝るものはない。そういう意味で演じる役も作品全体も、自分で作ってしまおうと思い立ったんです。
―俳優として演じてみたい、作品づくりにもチャレンジしたいと思わせたのが、土山さんのボクサー人生だったんですね。
そうです。日本ではプロボクサーとして認められない彼が、外国に出て挑戦する姿が自分に重なりました。僕自身も俳優活動を始めたころ、「君に合う役はない」と言われましたから。日本の業界の僕への評価は「日本人離れをしている顔付き」で、外国人役や限られた役へのキャスティングだけでした。なのでもっと英語を勉強しようと思い、ニューヨークやロサンゼルスの俳優学校へ行きました。その行動があったから、アジアをはじめ海外の作品に出演できるようになったんです。プロボクサーになる夢をかなえるために海外でチャレンジする土山くんの姿に心から共感できたので、自分の手で映画化したいと思えたんです。
加えて、待っているだけは嫌だという気持ちもありました。俳優はオファーを受けて作品に出演する仕事なので基本は受け身。でも自分で役を作れば強みを生かせて良い作品ができる、というイメージにもつながりました。アメリカでは俳優自ら企画して映画製作を立ち上げる、というケースが珍しくありません。そのような俳優発信の企画は日本ではあまりないので、完成までに8年という時間がかかりました。僕がもし誰もが知っているような俳優だったら、もっと簡単に早く実現できたかもしれません。
―一番苦労したエピソードを教えてください。
苦労話はいっぱいありすぎて、一番を決められません(笑)。コロナ禍で撮影がストップし、追加撮影まで15カ月かかったのはつらかったですね。いつ撮影を終えられるのだろうと不安を抱えながら、週に5~6回はジムに通い一年以上コツコツとボクシングを続けました。体をキープすることは誰でもできますが、メンタリティーの維持がキツかったです。2020年の撮影当時、自分の中で出し切ったものがあったのですが、それと同じくらいの熱量で追撮にも取り組まなければならない。演技に温度差が出てしまうのは良くないですから。本当にしんどかったですがなるべくジムに行き、プロボクサーと過ごす時間を作るようにしました。試合が決まらなくても練習を続けるボクサーの気持ちが理解できそうだと、ポジティブに考えてメンタル面を守っていました。
―再開までに15カ月もかかったとは驚きです。演者としてもプロデューサーとしても関わっているからこそ、良い作品に仕上げようという思いが支えになったのでしょうね。では一番うれしかったことは何でしょう?
2021年に「釜山国際映画祭」で「キム・ジソク賞」を受賞したことです。期待していなかったとかではなく、受賞を全く意識していなかったんですよ。会場でトロフィーをいただき、うれしさでいっぱいでした。
―アジアを代表する映画祭での受賞はビッグニュースで、「この映画が夢を追う人々を鼓舞する作品になることを願います」という尚玄さんのスピーチが印象的でした。早く鑑賞したいと誰もが思ったはずです。
名匠メンドーサ監督との出会い
―ボクシングが軸になっているので、スポ根の熱血映画だと勝手に思っていました。ですがとても静かに映像が流れ、じわじわと感動するすてきな映画です。
なるほど、『ロッキー』のようなボクシング映画を期待する方もいるかもしれませんね。余計なせりふは入っていません。監督はフィリピンを代表するブリランテ・メンドーサ氏にお願いしました。誇張することなく静かに感情の機微を描く作風が、メンドーサ監督の強みだと僕は思っています。撮影現場でも彼は「何もしなくていい。ここで感じるものを相手役と共に感応するだけでいいんです」と役者に伝えます。映画館で見たらその空気感や良さが伝わるはずです。海外ではこの映画をネット配信しているケースもありますが、どうしても映画館で上映したいという僕らのこだわりを日本では通しました。映画館で見てもらう前提で芝居もしているんです。
―繊細な描き方は、映画館でじっくり見ることで伝わってきます。カンヌ国際映画祭で監督賞の受賞歴があり、ヴェネチアでもベルリンでも、つまり世界の三大映画祭で作品が上映されているメンドーサ監督。そんな巨匠にどうやってオファーしましたか?
僕はプロデューサーでもあるのでリサーチをしている中で、信頼しているエリック・クー監督に相談したんです。シンガポール人の彼は「もし僕だと舞台となるフィリピンのことを調べて理解するのに時間がかかる。だからフィリピンの監督にお願いするのがいい」と言ってメンドーサ監督を紹介してくれました。初めて会ったのが2018年の釜山国際映画祭で、『義足のボクサー』の作品イメージを簡単に話しました。その後監督が東京国際映画祭の審査委員長を務めるために来日したので再会し、お互いを語り合うことができたんですね。その直後にフィリピンに渡ってスタジオを訪ね、ディナーに招待してくださるなど交流が深まり引き受けていただきました。パッションで素晴らしい監督と縁ができたと思っています。
―フィリピンの巨匠とそうやってつながったとは! 脚本は信頼できる人にお願いしましたか?
メンドーサ監督の弟子といえる脚本家、ハニー・アリピオさんが担当しました。彼女が沖縄に来て一緒にリサーチしましたし、僕が土山くんに直接聞いたり、土山くんの長崎の実家にお母さまを訪ねて話を聞いたりして参考にしました。
―詳しく教えていただくと、尚玄さんがひとつずつに関わりながら作っていった映画だと分かりました。
元になったストーリーはありますが、脚色して映画にしました。なので真実にインスパイアされた物語、という作り方にしています。でも実は僕は、台本を見せてもらえていないんですよ(笑)。
リアリティーあるヒューマン作品
―土山さんに出会ったことで映画にしたいとイメージし、監督たちと丁寧に作り上げた作品が完成! 釜山国際映画祭で認められ、日本では映画館で上映しようと計画し、ついに公開です。尚玄さんが大切に温め、自ら手掛けた作品であることが伝わってきました。ここまで1本の作品に関わったのは初めてでしょうか?
『ココロ、オドル』(2019年公開作)もかなり関わった作品ですが、『義足のボクサー』は完全に僕発信ですので、これほど深く携わったのは初めてです。
―フィリピンにはどのくらい滞在しましたか? どんな印象を持ちましたか?
3週間くらいでした。ロケから約2年経ちますので、何だか昔のことのよう。沖縄とどこか似ている部分がある国でしたよ。国民性が大らかで時間にも大らか。撮影現場で歌って踊ってジョークを言い合ったりして、楽しくて愛情深い人たちだなと思いました。いつも屋台が出ているので、甘みのある豆乳や揚げバナナをよく買っていました。
―アジアの屋台料理は、滞在中の楽しみになりますね。フィリピンの共演者やスタッフの方たちと楽しく過ごしたのですね。
僕が演じるのは孤立している日本人ボクサーなので、みんなに引っ張られないようにと常に心掛けていましたよ。フィリピンでの打ち上げの場でも、楽しい雰囲気の中僕はお酒は一滴も飲まなかった。でも最後の撮影の後は朝まで関係者に付き合おうと決め、福岡でクランクアップを迎えた後に飲みに行きました。それまでは長い間お酒を口にしていませんでした。
―禁酒も役作りのひとつだったのですね。「プール」のシーンが印象的でしたが、フィリピンで撮影しましたか?
はい。実は深くて大きなプールを作ったんですよ。でも水を入れたら漏れてしまい、何とか使えないかと頑張りましたがダメ。結構お金をかけたのに、フィリピンらしい話だなと思い残念でした(笑)。諦めようかと思いましたが、ボクサーは練習を終えて筋肉を冷やすためにプールに入るので、やはり必要なシーンだということになり普通のプールで撮影したんです。
―ご苦労があったようですが、完成した作品を見て「やってよかった」と喜びに変わったと思います。見どころを教えてください。
ボクシングシーンにリアリティーがあると、おっしゃっていただきました。アクションシーンの撮影は、相手の体に当てないのが鉄則。だけどメンドーサ監督は「強くなくてもいいからとにかく当てて」と言うんです。相手はプロのボクサーやファイターでどういう風に向かって来るのか分からないので、距離感がつかめず大変でした。なので相手のパンチがどう来るんだろうという恐怖感、リングに上がる前の緊張感など、すごくリアルな臨場感のあるシーンになっていると思います。
またこの作品はボクシング映画というより、ヒューマンドラマだと僕は思っています。主人公とコーチの師弟関係が家族の問題を埋めるなど、師弟愛や親子愛を描いています。リアルなボクシングに人間模様、どちらも見どころなので、若い方から年配の方まで見ていただける作品です。家族連れでも見ていただけます。
―本作を通してボクシングに触れた尚玄さん。どういうスポーツだと思ったか、最後に教えてください。
とてもストイックで孤独なスポーツ。現場に入るまでにできるだけジムに行き、ボクサーと過ごすようにしていました。なぜボクサーになったのか、どこに向かっているかなど教えてもらい、自己証明したい気持ちであふれていると感じました。そうやって学んだことを役作りに生かし、ボクサーを描いた小説も参考にして心情の理解などを深めました。
アスリートは孤独だと思いますが、寿命が短く代償の大きいボクシングは特にその部分がより強いのではないかと思えます。ボクシングを通して親と子のそれぞれの気持ちも理解できましたし、多くの学びで本作が完成しました。ぜひ映画館でご鑑賞ください。
レポート 尚玄さんが母校・那覇高校で試写会開催!
公開を前にした5月14日、那覇高校にて『義足のボクサー GENSAN PUNCH』の特別試写会が行われ、多くの高校生が鑑賞しました。
ティーチインに登壇し、「高校時代は俳優になる夢を誰にも告げず、心に秘めていました。大学生になって始めたモデルの仕事は成功しましたが俳優としては受け入れてもらえず、ニューヨークで演技を学び、得意な英語を生かして道を切り開いてきました。本当に撮りたい映画を製作するとう新たな目標の第一歩がこの作品です」などと語った尚玄さん。
「自分を信じて諦めない」というメッセージが後輩たちに伝わりました。
『義足のボクサー GENSAN PUNCH』
2021年/日本・フィリピン
監督:ブリランテ・メンドーサ
出演:尚玄、ロニー・ラザロ、ビューティー・ゴンザレス、南果歩
※シネマQ、シネマプラザハウスで上映中 https://startheaters.jp/movies/15/
【プロフィール】
☆尚玄(SHOGEN)
生年月日:1978年6月20日
出身:沖縄県
身長:183cm
趣味:写真撮影・山登り・旅行
特技;英語・三線・乗馬・バスケットボール・ボクシング・殺陣
2004年、戦後の沖縄を描いた『ハブと拳骨』で映画デビュー。その後も映画を中心に活動するが、2008年にニューヨークで出合ったリアリズム演劇に感銘を受け、本格的に学ぶために渡米。現在は日本を拠点に国内外多数の作品に出演中。『ココロ、オドル』(2019)、『Come & Go』(21)、『JOINT』(21)他、『Sexual Drive』(22)、『DECEMBER』(23)などの公開が控えている。
公式サイト:http://www.shogenism.com
公式Twitter:https://twitter.com/shogenism
公式Facebook:https://www.facebook.com/shogenofficial/
公式Instagram:https://instagram.com/shogenism/
饒波貴子(のは・たかこ)
那覇市出身・在住のフリーライター。学校卒業後OL生活を続けていたが2005年、子どものころから親しんでいた中華芸能関連の記事執筆の依頼を機に、ライターに転身。週刊レキオ編集室勤務などを経て、現在はエンタメ専門ライターを目指し修行中。ライブで見るお笑い・演劇・音楽の楽しさを、多くの人に紹介したい