2017年1月のトランプ大統領就任以来、アメリカの首都ワシントンDCでは連日、何かしらのデモ(https://ryukyushimpo.jp/style/article/entry-526501.html)が行われています。移民政策やロシア疑惑、環境問題、人種差別と黒人に対する警察官による暴力行為、女性の権利など、トランプ政権の政策や社会問題に声を挙げる抗議活動はもはや日常茶飯事。週末はもちろん、平日も連邦議事堂や最高裁判所があるキャピトルヒル周辺でプラカードを持った人をよく見掛けます。
日本でも近年、国会前のデモがニュースに取り上げられるようになりました。沖縄では米軍普天間飛行場移設を巡り、移設先とされる名護市辺野古で抗議活動が続き、米軍の事故や犯罪が起こると大規模な県民大会が開かれてきました。でも、日本では「デモ」や「運動」「抗議」という言葉は、ネガティブなイメージを持ちがち?「何も変わらない」という声も聞こえます。アメリカでは、政治や社会問題に声を挙げる抗議、社会運動=ソーシャル・ムーブメントはどう捉えられているのでしょう? 社会を変える「カギ」になるのでしょうか?
国際政治における社会運動などの著作があるアメリカ・カトリック大学(CUA)のアンドリュー・ヤオ准教授(国際関係論)と一緒に考えてみました。
ソーシャル・ムーブメントの2つの効果
―2017年にワシントンDCに来てから、たくさんのデモを見ました。
「トランプ氏が大統領に決まってからたくさんの抗議活動が行われていますね。代表的なの「ウィメンズ・マーチ」(Women’s March = 女性の行進 https://ryukyushimpo.jp/style/article/entry-656803.html )、気候変動や科学関連の研究予算を大幅に削減する方針を打ち出す政権への抗議、「マーチ・フォー・サイエンス」(March For Science = 科学のための行進)、銃規制強化を求め高校生らが立ち上がった「マーチ・フォー・アワー・ライブス」(March For Our Lives = 命のための行進)です。特に、マーチ・フォー・アワー・ライブズでは、社会運動、抗議活動に目覚めた新しい世代、若者が多く関わっています」
―ソーシャル・ムーブメント、社会運動にはどんな意味があるのでしょうか。
「社会運動には2つの効果があります。1つは政策への即効的な効果。抗議活動が政治に影響を及ぼし、法律や政策を変える。もう1つは、より長期的に見て、社会の特定の問題についての意識を高め、規範を変えるのに役立つこと」
「特定の問題についての意識を変えた効果としては、同性婚がいい事例だと思います。30年前は同性婚を支援するなんてばかげていると思っていた人々が、アクティビズムや抗議によって、より多くの人々が意識するようになりました。今も多くの州が同性婚を認めていませんが、それではこの運動は失敗だったのかというと、多くの人々は『ノー』と言うでしょう。政策だけで測るものではなく、世論や人々の態度の変化を起こすものとして、社会運動には効果があるのです」
レインボーカラーに染まったアメリカのPride月間 ◇アメリカから見た! 沖縄ZAHAHAレポート(3)
https://ryukyushimpo.jp/style/article/entry-568452.html
女性、若者たちの政治参加へ
「そして、社会運動に参加した人々自身への影響もあります、社会学では、社会運動に参加したことが人々への生活や人生にどんな影響を与えたかという研究が数多くあります。スタンフォード大の社会学者、ダグ・マックアダムは、1960年代の市民権運動に参加した人たちの研究をしました。人種差別撤廃を求めて黒人と白人の若者たちが共に長距離バスでアメリカ南部に向かった『フリーダム・ライダーズ』。この運動に参加した当時の白人学生たちの『その後』を調べると、参加した人々は、参加しなかった人々と比べ、教師や公選弁護人、政府関係など、公的な仕事に就いた傾向が強かったことが分かりました」
―なるほど。最近のデモで、その2つの効果を上げている事例はありますか。
「はい。先ほど挙げた『ウィメンズ・マーチ』『マーチ・フォー・アワー・ライブズ』など、どちらも市民の政治参加の活性化、覚醒を引き起こしています。特に、女性、若い世代にそれが顕著です。既に地方選挙や上院議員選挙にこれまで以上の数の女性が立候補(https://ryukyushimpo.jp/style/article/entry-656803.html)を表明したり、女性候補者を支援する活動に参加したりしています。そして、若い有権者が今年11月の中間選挙、2020年の大統領選に向けて政治に参加していくと思います」
「ここ最近の社会運動の成功例は、やはり『#MeToo』ムーブメントだと思います。幅広い女性運動の派生的な動きは既にかなり成功しています。もちろん、この成功によって、女性に対する性差別や性暴力の全ての問題が解決されるわけではないかもしれません。しかし、勇気ある人々の告発によって多くの男性著名人が過去の不適切な作為によって引きずり下ろされてきました。これはより一般的に、女性と、特に男性がお互いにどう対話していくかを再考する環境をつくったと思います」
潮の満ち引きのようなサイクル
―沖縄では、長い間、米軍基地に対する抗議活動が続いています。
「社会運動の研究では、多くの社会運動には潮の満ち引きのように『サイクル』があると考えます。沖縄ではこの満ち引きが長年続けられ、ヘリ墜落や米兵の犯罪が起こると、人々を結集させる『引き金』になってきました」
「普天間飛行場移設を巡る沖縄の抗議活動を考えた時、20年余りの活動を経ても基地は動かず、辺野古の新基地建設計画はゆっくりだが進んでいます。基地の閉鎖には至っておらず、社会運動の効果の1つである、政策への影響としては、残念ながら成功したとはいえません」
「ですが、人々の態度は大きく変わりました。1990年代後半は、基地の賛成派、反対派の争いで、政治家や基地周辺の住民に限られていたが、最近では、抗議活動に参加していない人々も基地反対や削減を訴えることが一般の人々の理解、規範となり、大幅な基地負担の軽減を求めています。沖縄の人々による基地負担の軽減を求める声はより大きく、明確になっています」
政治の『窓』が開かない沖縄の基地問題、政権の態度
―長い間、抗議をしていても変わらない現状に、無力感を覚えたり、「どうせ声を挙げても変わらないから仕方ない」と考えたりする人もいます。
「安倍政権のような、日米同盟をより強め、自衛隊の活動範囲を広げ、憲法を変えようとしている人物の下では、なかなか打開策を見つけにくいでしょう。学術的には『政治的機会構造』といいますが、社会運動を通して政治を変える『窓』が開かないのです。鳩山政権では、もっと政治的な機会があったと思います。その意味では、政治的な機会は、『誰が権力者となるか』ということにもかかってきます。政権が変わるときは、機会につながります。『窓』が少し開くと、抗議運動に携わる人々が、政策決定権を持つ政治エリートたちと対話するスペースができます。政治的な機会が『開く』その時が、社会運動が成功する時なのです」
「抗議運動の参加者自身は、政府の人間ではないので、実際の政策を変えることはできません。変化は、法律や政策の決定者たちからおとずれるものであり、それは彼らが『そうしなければならない』という十分な社会的な圧力、プレッシャーを感じた時に起こるものです。または、抗議運動に共感する政治エリートたちが、運動に参加する人々の声を聞こうという意思があるときに生まれます」
『窓』を開くために必要なことは
―声を挙げても変わらない政権に対して、どのような行動が考えられますか。
「社会運動が政策に対して大きな力を持つためには、抗議の規模と同時に、どのように政治的な機会を広げることができるか、政治エリートたちへアクセスできるかということもポイントです。それには動員の成功と共に、フレーミング(社会運動を正当化し、参加を動機付けるような参加者に共有された状況の定義)がカギになります。沖縄の人々のメッセージをどう枠組みづけるか。民主的な権利の侵害、環境問題、さまざまなフレームが考えられるし、沖縄の運動は世界的な運動、グループとも連帯してきました。このフレームと、資源、ネットワークが重要になります」
「戦略的に動くことも大事です。安倍政権や自民党が移設を望んだとしても、米政府が『もう必要ない』と思う時がその機会です。2011年には、上院軍事委員会の委員長、筆頭委員らが普天間飛行場の名護市辺野古移設は『非現実的』としていました。マケイン上院議員のように、非常に有力な議員がそう言った時は大変驚きました。また、米政府の財政難を理由に軍事予算を削減しようという時(https://ryukyushimpo.jp/news/prentry-205132.html)もあり、そういう時期にこそ、反基地運動が結集する時だったと考えます。トランプ氏が大統領になった時も同様な思いがしました。日本や韓国での米軍駐留経費の負担について話し、日本や韓国がもっと負担しなければ撤退するという可能性について言及していました」
―沖縄の人々の社会運動は、民主主義でどのような意味を持っていると思いますか。
「民主主義は多数決によって決まる点からいうと、沖縄以外の場所が政府に賛成したり、自分たちの場所に基地を置きたくないと主張したりする限り、沖縄は孤立していくでしょう。安全保障として日本全体の問題になったとき、地方自治体が中央政府に対抗するのは非常に困難なことで、沖縄県は20年以上もこの問題に直面してきました」
「あらためて、フレーミングの問題だと思います。日米両政府を説得できる戦略的な代替案があるかどうか。なぜ日本本土に既にある基地についての研究がないのか。沖縄以外の場所に、基地の機能を移せるなら沖縄の負担は減らせるのではないでしょうか。平和活動家はこれでは軍事主義の解決にはならないと賛成はしないかもしれないが、沖縄の負担を分担するというのは、沖縄の人にとってより公平な議論です」
「今、沖縄の人々が最も恐れているのは埋め立て工事が進み、逆戻りできない状況になること。逆転することが非常に困難になります。韓国・済州島での米軍基地建設も国全体の大きな問題となり、一部の政治家も多大な費用を掛けての基地建設を疑問視していました。しかし、政府が強行的に工事を始め、周辺を完全に閉鎖してしまうと、止めることが難しくなりました。基地ができてしまった今も抗議活動は続いていますが小規模なものです」
「日本政府が工事を急いでいるのは、もしかして米政府が心変わりするのを恐れているのかとさえ思います。本格的な工事が始まれば、元に戻すことは大変難しい。希望の兆しは、現在予定されている計画のような大規模な基地を造らせない代替案出すことかもしれません」
「おかしい」と声を挙げ、次の行動へ
ヤオ准教授の話を聞いて、社会運動のメカニズムが見えた気がしました。そして、人々が集まって「おかしい」と声を挙げた後に、「本当の変化」を実現するための戦略的な行動が重要なのだということも。
アメリカで人気の10代向けのファッション誌デジタルサイト「Teen Vogue(ティーン・ヴォーグ)」には「News and Politics(ニュースと政治)」というタグがあり、メールのニュースレターにも政治問題を多く発信しています。最近では、「今のままではいけない」と政治の世界に挑戦する20代前半の若者たち(https://www.teenvogue.com/story/may-2018-cover-running-jamal-green-kat-kerwin-hadiya-afzal)を取り上げ、市長に、市議会にと立候補する思いや行動を紹介していました。
アメリカで見てきた抗議活動やデモはみな思い思いのメッセージを発信し、カラフル。参加した人々の話を聞くと、大規模なマーチで「私たちは変化を求めている」と発信した後の「行動」を語る人が多くいました。地元選出の議員に手紙を書いて訴える、中間選挙に向けた女性の候補者の事務所をサポートする、身近な人たちと話し合いの場を設ける、支援する活動団体に寄付をする、など。自分自身が主体的に動く「次の行動」がアメリカにはあるからこそ、社会運動がこの国を形作ってきたのではないかと思います。
翻って、日本はどうでしょうか。「#MeToo」ムーブメントの兆しも見えてきて、性差別や政府のやり方、社会問題に「おかしい」という声を挙げる動きはここ最近、増えてきたようです。一方で、その声に耳を傾けない、もしくは「十分な社会的圧力を感じていない」のが今の政権なのかもしれません。そこから、「窓」を開いて「変化」につなげるにはどうすればいいのか。「自分が立候補するなんて考えていなかった」という女性や若者が次々に政治の世界に挑戦するアメリカの動きも参考になるかもしれません。「見て見ぬふり」や「他人事だから」「どうせ変わらない」と思うことをやめて、誰かと話してつながっていくことかもしれません。「あなたが見たいと思う世界の『変化』にあなた自身がなりなさい」というガンジーの言葉を思い出しながら。
座波幸代(ざは・ゆきよ) 政経部経済担当、社会部、教育に新聞を活用するNIE推進室、琉球新報Style編集部をへて、2017年4月からワシントン特派員。女性の視点から見る社会やダイバーシティーに興味があります。