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まんがで伝える沖縄戦 海に眠る子どもたち(前編)


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

続きは後編
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R1…国民学校

文部省(現在の文部科学省)が1941年に出した「国民学校令」で、それまでの小学校が「国民学校」に改められました。国や天皇に尽くし、進んで戦争に協力する児童生徒を育てるための教育が国民学校で徹底されました。初等科6年、高等科2年の計8年の課程です。今の中学生くらいの年齢の子たちは日本軍の陣地構築や勤労奉仕に動員されるようになりました。

R2…対馬丸

沖縄戦が始まる前、九州地方へ「集団疎開」する沖縄の子どもたちや一般住民を運ぶために使われた船の名前です。全長135㍍、重さは6754㌧です。対馬丸は他の軍用船や駆逐艦と共に5隻で船団をつくり、1944年8月21日の午後、那覇港を出発しました。その動きを察知していた米軍の潜水艦ボーフィン号が鹿児島県トカラ列島の悪石島近くで対馬丸を魚雷で攻撃し、沈めてしまいました。乗船者約1800人のうち1400人以上が犠牲になりました。亡くなった児童は784人とされていますが、正確な数はわかっていません。