<金口木舌>それでも蹴らない


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 タイやビルマの戦線を転戦した日本陸軍の尉官の述懐がある。戦場は「自分がやらなきゃ殺されるからやっているに過ぎない。そんな環境に置かれたらもう理屈ではない」

▼ラグビーの経験者だった。戦後、狂気の環境を二度と生まないよう、スポーツが果たせる役割を追求した。早大教授としてラグビーを実践例に指導哲学を構築した故大西鉄之祐さんだ
▼ラグビーの試合で、審判の目を盗み相手を蹴ってのしたら勝てるとしても、そこで「これは悪いことだ」と気付き、やめられることを重視した。争う中でも自らを律する「闘争の倫理」だ。戦争につながることを忌避する心も育めると考えた
▼激しい接触を伴うラグビーで規律や品位は何より大切にされる。強い体をつくり、戦術を練って最善を尽くす。対戦相手がどの国であっても、同じ努力を重ねた相手への尊敬を忘れない
▼ラグビーワールドカップ(W杯)が閉幕した。外国出身の多い日本代表は「ワン・チーム」を体現し、大躍進で多様性の妙を示した。南アフリカはさまざまな出自の選手が結束して頂点に立った
▼「国々が互いに結びついて一つの揺るぎない世界に」。W杯テーマ曲「ワールド・イン・ユニオン」の一節だ。大西さんは、スポーツは平和を愛するための重要な手段とも説いた。その教えが重みを増していると感じさせる日本大会だった。