<金口木舌>「科学不信の碑」の教訓


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 鹿児島県の東桜島小学校に「科学不信の碑」と呼ばれる石碑がある。建立は1924年で、その10年前に起きた桜島大正大噴火の教訓を伝える。正式名は「桜島爆発記念碑」という

▼大噴火があったのは14年1月12日。その数日前から地震が頻発するなど前兆があった。村役場は鹿児島測候所に数度判断を仰ぐが、返答は噴火直前まで「桜島には噴火なし」であった。桜島が震源だと考えなかったという
▼それでも過去の大噴火の歴史と教訓を知る住民は自主的に避難し、測候所の判断を信じた役場幹部ら「知識階級」が大噴火の犠牲となった。碑文は雄弁に語る。「住民ハ理論ニ信頼セス異変ヲ認知スル時ハ未然ニ避難ノ用意尤モ肝要トシ―」
▼測候所だけを責めるのは酷であった。気象・地質上の変化があれば報告するよう役場に訓令を出したのに、噴火前日の報告はなかった。震災予防調査会に求めた現地調査も実現しなかった。危機感が薄かったのである
▼わずかな異変でも情報を共有しよう。歴史と経験に照らして素早く行動を。訓練は怠りなく。「科学不信の碑」が伝える教訓は今日の自然災害にも当てはまる
▼明日で2週間となる首里城焼失でも同じことが言える。異変を見逃さぬ監視体制と情報の共有、万一の際の行動指針の確立が肝要である。首里城再建に先立ち災害防止の抜本策を打ち立てたい。