<金口木舌>闘牛場で逢おう


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 一度会っただけなのに、忘れることができない人がいる。闘牛写真家として活躍した久高幸枝さんは、そういう人だった。7年前、うるま市石川のファストフード店で話をうかがった

▼「頭痛で何度も入院しているんです。この前も入院しました」と自身の病気のことを笑顔で話してくれた。その時、病がこれほど重いとは思わなかった。急逝の報に接し、言葉を失った
▼代々続く「牛カラヤー」(牛飼い)一家の長女であった。牛のひづめを手入れする削蹄(さくてい)師の父唯志さんをはじめ、家族皆が牛を愛する「闘牛一家」の話を楽しく聞いた。久高さんも牛主だった
▼闘牛場に通っている方なら分かるだろう。闘牛はバックヤードこそ面白い。牛舎を出入りする牛主や勢子(せこ)、その家族の人間ドラマに引かれる。久高さんが残した写真集はその魅力を伝える
▼牛を愛し、人を愛した。飼っていた牛「富士皇」の最期をつづった「皇様日記」に「家畜と人間の間には、守らなければいけない約束があります。それは、命をつなぐこと」とある。何よりも命を見つめていた
▼久高さんに触れた7年前の小欄で「闘牛場で逢(あ)おう」と呼び掛けた。闘牛場は人情味あふれる物語との出合いの場だ。コロナ禍が落ち着き、闘牛大会が開かれる日はいつだろう。彼女が愛した人や牛が待っている。もう一度伝えたい。「闘牛場で逢おう」