<金口木舌>多様性の可視化


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 玄関を開けると、自殺したはずの「おばちゃん」が立っていた。松田青子さんの小説「みがきをかける」の一場面だ。おばちゃんは20代から30年間交際した妻子ある男性に別れを切り出され命を絶った

▼めいの自宅に化けて出たおばちゃんは「呪い殺してやるぐらい当然や」と後悔を語る。共に見た歌舞伎「娘道成寺」で男に裏切られ、蛇の化身となる清姫を挙げ「もののけになりましょう」と誘う
▼人の顔色をうかがうように生きていためいは男性に気に入られるための「自分磨き」をやめ、自信を取り戻す。松田さんの作品は従来の物語で典型的に描かれがちだった女性も生き生きと描き、多様性を可視化する
▼コロナ禍で増加した自殺者が8千人に上るという試算を東京大などのチームがまとめた。最多は20代女性。非正規雇用の多さに加え、行動制限も影響したようだ
▼さらに物価高が追い打ちを掛ける。不安定な立場にある人々に何が起きているのか、可視化する取り組みが必要だ。弱者へのしわ寄せを許さず、支え合う社会をつくるために。