1992年春、大江健三郎さんからはがきをいただいた。「復帰20年」に関連したインタビューの申し込みに対する返事で「秋に沖縄に行きます。その時に何でもお話します」と記されていた
▼文字数は100字にも満たなかったが、沖縄への強い思いが刻まれていた。黒いインクでつづられた独特な文字から戦後日本を代表する作家の存在感が伝わった
▼約6千字の直筆原稿が本紙に届いたのは2015年夏。体調を崩し、講演が中止になったことへのおわびであった。題名は「沖縄の若い人たちと話し合えなかった」。無念だったのだろう
▼新基地建設を強行する安倍政権に対峙(たいじ)する県民の闘いに「強力で的確な反撃に、心からの声援を送りたい思いです」と共感をつづり、こう結んだ。「日本全土から反響が起こらねばなりません」
▼沖縄を見つめ、日本人の責任を問う大江さんの文章は重く、読んでいて胸が苦しくなる。それを避けていては日本から民主主義が遠のき、沖縄の苦悩は続く。今ほど大江さんのメッセージが求められる時はない。