<金口木舌>伝統つなぐ息づかい


社会
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 国頭村楚洲と安田の真ん中、海岸沿いに、かつて我地(がじ)という集落があった。1970年代に最後の居住者が離れたが、最盛期には20世帯100人以上が住んだと伝わる

▼数年前、元住民の案内で訪ねた。「消えた集落」だが、残された屋敷の石垣が当時の生活をしのばせる。1881年、第2代県令として着任した上杉茂憲は「上杉県令巡回日誌」の中で、我地海岸の美しさを記した
▼我地集落は本部や与那原、泡瀬からの移住者が木材を切り出し、林業で栄えた。住民らはヤンバル船で与那原や那覇へと木材を運び、海浜には共同店もあったという
▼旧暦の6月26日に当たる12日、隣の楚洲区では綱引きが開催された。聞けば元々は与那原からの移住者が多く、行事日程は与那原と重なっている。ヤンバル船の航跡と文化の融合を見る思いがした
▼コロナ禍を経て4年ぶりの開催。作法を思い出しながら進んだ行事には50年ぶりに参加した出身者の姿も。行事は集落と離れた者を結びつける。旧盆を前に、伝統をつなぐ人々の息づかいが各地で感じられる。