<金口木舌>まだできること

 約20年前に亡くなった祖父から生前、手記を見せてもらった。短い戦争体験だった。戦争の話を聞いた思い出は少ない。積極的に聞いた記憶もない

▼その手記を最近、久しぶりに目にした。祖父が故郷の国頭村奥の監視所で空や海を見張っていた経験が記されている。今年2月に発行された「奥むらの戦(いくさ)世(ゆー)の記録 やんばるの沖縄戦」に収録された
▼編者の一人で奥出身の宮城邦昌さん(70)によると、1995年から話はあったが、完成までに20年以上かかった。きっかけは「字誌・奥のあゆみ」(86年)の戦争体験にあいまいな記述を見つけたからだ
▼2010年に沖縄大学の宮城能彦教授が加わり、本格的な調査が始まった。体験者は年々減り、困難な作業になった。親の戦争体験を語ったものもある。時間はかかったが邦昌さんは「どうしてもまとめたかった。生きていた心の記憶だから」と話す
▼奥は他地域に先駆けて共同売店ができた。宮城教授は「戦争体験談からも奥の共同意識の強さを感じた」とし、「知恵を出して助け合った人々のたくましさを感じてほしい」と話す
▼邦昌さんの耳に残るのは「戦後の復興の記憶も残すべきだ」という体験者の言葉だ。手記やメモはまだあるだろう。復興の記憶を持つ人も多い。戦中戦後を先人はどう生きたか。伝聞も含め、掘り起こしていく努力は沖縄に生きるわれわれの責務だ。



関連するニュース







  • お知らせ


  • 琉球新報デジタルサービス



  • 会員制サービス






  • 他のサービス