<金口木舌>防弾チョッキ工場

 約30年も新作がないが、今も根強い人気がある漫画家つげ義春さんに「大場電気鍍(めっ)金(き)工業所」という作品がある。自伝的内容で、朝鮮戦争当時のメッキ工場で働く少年・義ちゃんを描く

▼朝鮮特需に沸く日本の片隅にあった町工場。義ちゃんは弾丸のサビを落とす作業に打ち込む。予科練帰りの職人、三好さんは「アメちゃんの仕事だからな、金払いはいいぜ」と意気込む
▼米兵が着る防弾チョッキを作る工場が沖縄にあったことを浦添市城間の平敷兼七ギャラリーで開かれている写真展で知った。場所は現在のギャラリーの敷地を含む浦添市内の2カ所という
▼時代は1968年~74年。ベトナム戦争の最中である。城間の工場の向かいには軍用道路1号(現在の国道58号)を挟んで米軍キャンプ・キンザーが広がる。金網を挟んで戦場と向き合う工場だったと言えるだろうか
▼職人の表情は穏やかだが、工場の製品を着る兵士の姿を想像することもあっただろう。ギャラリーで展示している防弾チョッキの襟タグには英字で「あなたの命を守るでしょう」と記されている
▼「ベトナムから遠く離れて」という映画のタイトルを思い出す。ベトナムから離れた沖縄は発進基地だった。職人は生活のため、懸命に防弾チョッキを作った。そうすることで戦場とつながった。職人の笑顔に、重く切ない戦後沖縄の記憶を見る。