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沖縄出身の妻と、娘の命無駄にしない 池袋暴走事故から5年 事故なき社会のために


沖縄出身の妻と、娘の命無駄にしない 池袋暴走事故から5年 事故なき社会のために 松永拓也さんの妻真菜さん(左)と長女莉子ちゃん=2018年8月(松永拓也さん提供)
この記事を書いた人 Avatar photo 共同通信

 東京・池袋で乗用車が暴走した事故から19日で5年を迎える。妻子を亡くした松永拓也さん(37)は裁判終了後も交通事故防止に向けた活動を続けている。原動力は変わることのない2人への愛。「個人が罰せられておしまいでは同じことが起こり続ける。2人の命を無駄にしないためにも、事故をなくしたい」と前を向く。

 「毎年、桜が咲き始めると苦しくなる」。3月初旬、松永さんはそう話した。沖縄県出身の真菜さん=事故当時(31)=とは親族の紹介で知り合い2014年に結婚。16年に長女莉子ちゃん=同(3)=が生まれた。「僕と結婚しなければ真菜は死なずに済んだ」と自分を責めたこともあったが、そんな時、生前の真菜さんの言葉を思い出した。

 「たく。あなたと一緒に暮らせて、私はもう十分幸せなんだよ」

 松永さんが「2人を幸せにできるかな」と将来への不安を漏らした際、笑いながらかけられたひと言。一緒にいた日々を否定せず、自分と同じ思いをする人を減らすために活動しようと決めた。

 できることは全てやった。21年に刑事裁判は終わり、昨年には損害賠償を求める民事訴訟の判決も確定した。心ない誹謗(ひぼう)中傷を受けることもあるが、各地での講演などさまざまな活動を続ける。自動車運転処罰法の危険運転致死傷罪の要件を分かりやすくするよう国に要望もした。

 心境の変化もある。昨夏には自分が父親だったことが現実ではないように感じ、感覚が薄れていくことに落ち込んだ。だが「変わってしまうのは多くの人に支えられ多様な経験をしたからこそでもある。悪いことばかりじゃない。愛や思い出は消えない」と受け入れられるようになった。

東京・池袋の車暴走事故で亡くなった長女莉子ちゃんの動画を見ながら、笑顔で思い出を語る松永拓也さん

 旧通産省工業技術院元院長の飯塚幸三受刑者(92)に対する思いも変わりつつある。当初原因を車の故障だと主張した受刑者は、21年に初めて過失を認めた。松永さんは受刑者を批判し厳罰を望んだこともあったが、今では高齢者の免許返納が十分に進まない現状自体に目を向けている。

 今年3月には刑務所職員を通じ「命を奪いたくて奪ったわけではないのは分かっている。あなたは日本を支え人々を幸せにしてきた。今回も社会のために立場を超えて一緒に発信しませんか」と伝えた。すると今月、謝罪の意を示す回答が届き、面会希望にも「分かりました」と返答が。うれしかった。「初めて彼と会話ができた気がする」

 時を経ても愛する家族を失った悲しみが消えることはない。2人の物を捨てるのがつらく、共に暮らした都内の家の片付けは途中で止まったまま。7日には現場の横断歩道を初めて渡り、2人の恐怖や無念を想像し、涙した。「こんなに苦しいからこそ、事故は起きちゃいけない」。改めて思いを強くした。

 講演の前には、スマートフォンで必ず莉子ちゃんの写真や動画を見る。松永さんの誕生日に真菜さんと作ってくれたケーキ、水族館で夢中でカメを見る姿、生まれて初めて食べたかき氷がおいしくてニヤッと笑う顔…。いとおしく、力が湧いてくる。今後も活動を続け、いつか自分の命が終わる時、「真菜、莉子、お父さん頑張ったよ」と天国で胸を張って言うつもりだ。そして2人をもう一度抱きしめたい。

(共同通信)