台湾総統選で中国を「最大の脅威」と位置付ける頼清徳副総統が勝利した。習近平中国国家主席は「祖国統一は歴史的必然」と主張しており、力による威嚇を強めるのは間違いない。ただ足元は軍の深刻な腐敗で揺らぎ、武力行使能力への疑念すら出てきた。一方でバイデン米政権はウクライナと中東の二正面に対応し、新たな火種を抱える余裕はない。米中共に足かせがあり「当面の関係安定化」を志向するが、11月の米大統領選でトランプ前大統領が当選すれば急速に流動化しかねない。
5年戦えぬ
「中国の威嚇に直面しても台湾を守る決意がある」。勝利を決めた頼氏が13日、力強く宣言した、民主進歩党(民進党)選挙本部前の道路を埋め尽くした1万人以上の支持者が大歓声を上げた。
3人の候補者の中で、習指導部が最も警戒してきたのが頼氏だ。これまで「独立派」と厳しく批判を続けてきただけに、今後軍事面を含めた圧力を一定程度強めざるを得ない。
しかし、核ミサイル部隊を管轄するロケット軍で大規模な汚職が発覚。米メディアは「ミサイルに燃料ではなく水が注入された」との米情報機関の分析を報じた。中国軍関係筋はこの情報を「正しい」と認め「全ミサイルが正常に発射できるかどうか確認し、戦えるようになるには4~5年かかる可能性もある」と苦渋の表情を浮かべる。
一石二鳥
中国国内では経済が低迷し難題も山積する。「今は内政安定のため米中関係安定が不可欠」(外交筋)な状況だ。2022年8月にペロシ米下院議長(当時)の訪台に反発して行ったような大規模軍事演習を強行し、米国を刺激することは避けたいのが本音だ。
そのため習指導部は、王毅外相の後任とも目される劉建超共産党中央対外連絡部長をワシントンに派遣。投票日前日にブリンケン国務長官と会談させ「関係安定の推進」を確認してみせた。
次期総統下でも軍事支援や経済協力を通じ連携強化を進める構えのバイデン政権に対し「手を出すな」との強い警告でもあり「一石二鳥の戦術」(中国筋)。右手で米国と握手しながら、左手では水面下で巧妙に統一工作を進める狙いだ。
期待と不安
バイデン政権はロシアによるウクライナ侵攻や、米英両軍の親イラン武装組織フーシ派攻撃で緊迫度が増した中東情勢への対応に追われる。まずは5月の新総統就任まで台湾情勢が緊迫しないよう、中国に冷静な対応を要求する。
米政権高官は「困難な時期をどのように管理し、意図しない衝突を避けるかが重要」と指摘。軍同士を含めた対話再開の流れを加速させて、意思疎通を重ねることで米中関係を安定させ、今後の中台関係悪化も食い止める思惑だ。
だが大統領選へ向けた共和党候補指名争いではトランプ氏が独走する。台湾関係筋はトランプ氏が大統領在任中、対中強硬派のポンペオ国務長官(当時)を訪台させようとしたものの、中台関係の極度の悪化を懸念した蔡英文総統が拒否したと明かす。
同筋は「頼氏なら米台関係強化のために喜んで受け入れるだろう」と分析する。次期総統は安定した米台、中台関係を築けるのか。世界から期待と不安の目が注がれている。
(台北、ワシントン共同=芹田晋一郎、木梨孝亮)