落語で自分にぶれない軸を 沖縄出身初の女性落語家 金原亭杏寿さん


落語で自分にぶれない軸を 沖縄出身初の女性落語家 金原亭杏寿さん 昨年2月、県出身の女性落語家として初の二つ目昇進を果たした金原亭杏寿さん。ことし1月24日、那覇市のテンブスホールで開かれた新春落語会では、二つ目から着用が許される羽織を着て高座(舞台)に上った 写真・村山望
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タレントから落語家へ転身

会場がぱっと明るくなるような声を響かせ、客席に笑いを届ける落語家・金原亭杏寿(きんげんてい・あんじゅ)さん。タレントから落語家に転身し、5年3カ月の前座修業の後、昨年2月、県出身の女性落語家として初めて二つ目に昇進した。「タレント活動の中で、何者にもなれないかもしれないという漠然とした不安があり、自分の中でぶれない軸が欲しかった」と入門の動機をまっすぐなまざなしで語る。

「二つ目になって沖縄に帰って参りました」

1月24日、那覇市のテンブスホール。師匠である金原亭世之介さんと共に高座に上った杏寿さんは、客席に深々と頭を下げた。客席からは拍手とともに「かなさんどー!」の声援が上がる。

落語の世界には、前座見習い、前座、二つ目、真打ちという階級がある。前座は落語界の作法やマナーを身に付ける修業期間で、二つ目から一人前の落語家として認められる。

杏寿さんは、昨年2月11日に沖縄出身の女性落語家として初の二つ目に昇進。24日の高座が、二つ目昇進後、初めて沖縄本島で落語を披露する凱旋公演となった。

師匠の芸に一目ぼれ

かつて県内で、本名の川満彩杏(あい)の名でタレント活動を行っていた杏寿さん。テレビ、ラジオへの出演のほか、演劇、お笑いと幅広くチャレンジを続け、2016年には東京に拠点を移す。しかしその中で、「私は何者にもなれないかもしれない」という漠然とした不安を抱いていた、と振り返る。

金原亭杏寿(きんげんてい・あんじゅ)さん
金原亭杏寿(きんげんてい・あんじゅ)さん

そして出会ったのが、落語だった。2017年10月、演技の勉強になるからと勧められて足を運んだ金原亭世之介師匠の独演会に衝撃を受け、そのわずか1カ月後には入門を許可された。

「アヒルと一緒ですよね。生まれて最初に見たのが親だ、みたいな…。普通、落語家になろうっていう方は、いろんな師匠の噺を聞いてみて、この人だっていう師匠を決めて入門に行くんですけど。私は一目ぼれでした」

それまで落語には縁がなかったという杏寿さん。「私がこの道を歩いていいのかと悩みましたが、やらないで後悔するよりは」と思い切って落語界の門戸を叩いた。

修業期間である前座のうちは、稽古はもちろん、寄席に通って師匠方の着付けを手伝い、お茶を出すのも大切な仕事だ。一人一人着付けの手順が異なり、お茶の好みも異なるので苦労したが、言われずとも師匠の望みを察することが、寄席で客席の空気を読む訓練にもつながった、と話す。

演じ方を模索

「落語は、ちょっとした口調やテンポの違いで人物を表せるのが魅力」。だが、演じすぎると心地よさが失われるという。一方で、感情を入れなさすぎても駄目で、その塩梅(あんばい)を見極め、自分なりの語りを模索するのがやりがい、と生き生きした表情で語る。滑稽噺が中心だった前座から、人情噺など感情の機微を表す噺を演じる機会が増える二つ目となり、タレント時代に学んだ演技の経験も生かされている、とほほ笑む。

昨年5月には、「落語歌謡」と銘打つミニアルバム「品川心中」も発表。「品川心中」など落語をモチーフにした楽曲を歌唱している(テイチクエンタテインメント、2000円)
昨年5月には、「落語歌謡」と銘打つミニアルバム「品川心中」も発表。「品川心中」など落語をモチーフにした楽曲を歌唱している(テイチクエンタテインメント、2000円)

24日の沖縄凱旋公演では、世之介師匠の落語をはさみ、「ざるや」「お菊の皿」の二席を披露。ざる屋の売り子が、縁起を担ぐ旦那に気に入られる「ざるや」では、ホールいっぱいに持ち前の明るい声を元気よく響かせ、客席に華やかな空気が広がった。幽霊のお菊さんが思わぬ人気者となってしまう「お菊の皿」では、江戸の町民のアイドルになったお菊さんをユーモラスに演じ、途中で杏寿さんがマイクを手に歌謡曲を歌う場面も織り交ぜたユニークな高座となった。

二つ目の次に待つ落語家の最高位・真打ちへの昇進を目指して、日々芸を磨く杏寿さんを応援したい。

(日平勝也)

(2024年2月15日付 週刊レキオ掲載)