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浜比嘉島の川初夫妻 夜光貝の輝き 心癒やす 河瀬直美エッセー <とうとがなし>(22)


浜比嘉島の川初夫妻 夜光貝の輝き 心癒やす 河瀬直美エッセー <とうとがなし>(22) 「かいのわ」の川初真さん(左)、純子さん夫妻
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 夜光貝の輝きは傷ついた心を慰め、再び前進する力を与えてくれる。去年の暮れに息子と訪れた浜比嘉島で「かいのわ」と書かれた小さな立て看板を見つけてショップに入ってみると、そこには夜光貝を磨いて創られた指輪やブレスレットやピアスなどの装身具の数々が展示販売されている贅沢(ぜいたく)な空間が広がっていた。

 そのギャラリーと目の前の海を眺めながらゆったりと時間を過ごせる「空とコーヒーうきぐも」というカフェが併設されていた。大きく深呼吸のできるこの場所は今年2月16日に10年の時間にいったん終止符を打った。4月半ばには、自宅兼工房にギャラリーを移して、今後は県外に浜比嘉島の貝を届けに行くことも増やしてゆく計画だそうだ。

 「かいのわ」のご主人は川初真さん。ダイビングをしていて、ふと見つけた貝を磨いてみると、その厚みの中にある断面に、出合ったことのない模様が現れ、心の中心にズシンとくる感覚が沸き起こり、自分でも抑えられない感動を味わった。北海道に生まれ、縁あって沖縄の海で出合ったこの感覚が、今の真さんを支えている。頭で考えるわけではなく、身体が反応する感覚。それはまるで恋のようなものだろうか。彼の語る貝への想いは初恋の衝撃のようでもあり、元々彼自身の中にあるもののようにも思う。ご自身は、貝から装身具を創るために生まれてきたと満面の笑み。

「かいのわ」の指輪

 そんな笑顔に反応するように、奥様の純子さんは「自然そのものの中に生かしてもらうことはそれ自体がものすごく尊いものなのだ」と言葉を紡ぎ、まるで天国のような場所だと浜比嘉島を語る。もちろん人間社会の中では、ストレスもある。けれど、自然の中にいることで全てが癒やされてゆく。心が塞(ふさ)ぎ込む時でも、島の人の繋(つな)がりが壮大で厳かで生命の一部としていられる感覚を得ることができる。そういう意味では、今後この場所を離れるという選択は全くないと断言された。

 そんな純子さんは東京出身。ご夫婦2人ともが移住者だ。那覇に10年暮らした後、縁あって浜比嘉島に住まいを移した。今でこそ移住者も増えたが、当時は数組くらいしかいなかったと言う。昔からここに暮らす人ばかりの中に入り込むには畏れ多いと感じることもあった。特に浜比嘉島は伝統的な行事などが数多く残っている場所でもあり、昔ながらの生活習慣に馴染(なじ)む必要がある。

 旧暦のお正月は今年は2月10日でコロナが明けてようやく規制もなく神事が行われた。しかしこの3年のブランクが高齢化した集落行事への打撃として重くのしかかる。古来の神事を継承することは全国的に難しい問題を抱えているのだ。

 沖縄の小さな島が天国のようだと終(つい)のすみかとして移住した川初一家。浜比嘉島で貝の指輪を来る日も来る日も磨き上げて、人々に手渡すことを生業(なりわい)にするご夫婦の存在は、ひいては沖縄のこれからを支えるものの「艶(つや)やかなカケラ」となるのかもしれない。そんな期待を込めて、右の薬指に私には少し大きいくらいの指輪を購入した。人と人のはざまにあって、心が傷つくことがあっても、きっとこの夜光貝の輝きが癒やしてくれると信じている。それは、ここから再び前進する力を宿して、ゆく道を照らしている。

 (映画作家)