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「志願ではない」「歴史ねじ曲げ」沖縄戦の体験者、令和書籍の教科書に批判 


「志願ではない」「歴史ねじ曲げ」沖縄戦の体験者、令和書籍の教科書に批判  糸満市摩文仁の平和祈念公園に2017年に建てられた全学徒隊の碑
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 沖縄戦に動員された学徒を「志願」とし、特攻隊員の戦死を「散華」と記した令和書籍に対し、沖縄戦体験者からは「志願ではなく動員だった。戦争を美化している」と批判の声が上がっている。

 学徒の動員を巡っては1945年3月、島田叡知事と第32軍司令官らが結んだ文書「鉄血勤皇隊の編成ならびに活用に関する覚書」に基づき、学校ごとに鉄血勤皇隊を編成し、軍に編入した歴史的事実がある。14歳以上17歳未満を軍に編入することは可能だったものの、男子学徒の編入は正式な手続きが取られず、召集は適切に行われなかった。女子学徒隊を戦場に動員した根拠は、明確ではない。

 八重山高等女学校在学中の44年2~3月に看護教育を受け、45年4月に陸軍病院に配属された徳山昌子さん(94)=西原町=は「志願ではない。逆らうことはできなかった」と断じる。当時の中高生は現在は90代半ば。「体験者が少なくなる中、歴史がねじ曲げられるのは大変なことだ」と危機感を吐露する。

 「元全学徒の会」共同代表で「第32軍司令部壕の保存・公開を求める会」会長の瀬名波栄喜さん(95)は県立農林学校の学徒らの戦争での足跡を調べてきた。日本軍の中飛行場(現在の米軍嘉手納飛行場)を奪い返す攻撃隊は、長男でない者や家族に男子がいるなど、条件に合致した者が志願させられたと振り返る。それ以外の学徒も「県からの指示があった。軍国主義が徹底されていた」と述べ、強制性や時代背景に触れるべきだという考えを示した。

 「元全学徒の会」幹事の宮城政三郎さん(95)は「散華」という記述について「戦争を美化している言葉だ。沖縄戦やアジア太平洋戦争は侵略戦争だったということに対する認識と反省が全くない。言葉も出ないほど情けないし恐ろしい」と憤りをあらわにした。

 ひめゆり平和祈念資料館の普天間朝佳館長は、当時の軍国主義教育の中では「国のために」という考えが徹底されていたことを指摘し、「志願」という表現に疑問を呈した。「自らの意思で勇壮に戦ったという物語に仕立てたいのだろう。生き残った学徒は過ちを悔い、二度と戦争を起こさないためのメッセージを発してきた。その思いを踏みにじるような表現だ」と怒りを込めた。

 (中村万里子、外間愛也)