新型コロナ蔓延(まんえん)に対する規制緩和が、5月に入り欧米各国で相次ぎ、新型コロナ禍やパンデミック(感染症の世界大流行)の「後」を展望する論考が登場している。
外出や商活動の規制、プライバシー監視までの広範な管理を手にした政府のもとで国家運営が続くという予測。コロナ拡大に効果的な手を打てず信頼を失った中央政府よりも、自治体の長への権限委譲という分権化が進むとの予測。だからこそ、強権化する政府による監視社会を回避する方策を考えるべきだ、との警告。さらに、テロリストたちが政府不信のなかで勢力を取り戻すかもしれない予測。感染症とその対策を武器に住民の支持を得る事態が想定されるという。
国家間関係にも、新型コロナ禍が影響を与えている。トランプ政権誕生後に顕在化した米中の経済戦争は、二国間貿易だけでなく、世界経済を変えようとしている。今、米国では「分離(ディカップリング)」という言葉が流行する。経済、金融、テクノロジーの世界から中国を追い出し、米国と価値を共有する国々で構成される「勢力圏」を提唱する点で、論者の多くが共通する。違いは全面か部分の差、分野別などへの言及だ。
米中の貿易戦争では、今年1月に緊張緩和とみられた妥協策(中国が米国の原油や製品購入、と同時に米国の対中関税の緩和)が事実上破棄される見通しだ。経済が疲弊中の中国は、米国からの輸入拡大を実現できないからだ。それを見越して、トランプ政権は中国抜きの部品調達網(サプライチェーン)の再構築を図る。中国依存からの脱却だ。
安全保障をみると、4月中旬に宮古島沖を往復して台湾周辺に展開した中国の航空母艦グループを除けば、米中ともに軍事活動は「自粛」となっている。米海軍の艦艇にコロナ感染者が出て、作戦行動がとれない事態が発生した。世界中の米軍基地では、外出禁止や内部での行動規制がとられ、本来あるはずの即応性が制限された。
国家間戦争について興味深い論考(「パンデミックは平和を促すか」フォーリン・アフェアーズ電子版、4月23日)がある。海外米軍の縮小を唱えてきたMIT教授バリー・ポーゼンの考察だ。
それによると、戦争は楽天主義から始まる。悲観主義は戦争を回避して望ましくない妥協さえ受け入れさせる。この歴史から学ぶとすれば、米中の武力衝突の可能性が激減するという。感染症の拡大は、国民の多くを病気にし、兵士も例外でない。地上戦闘での感染症は、戦わずして敗北をもたらす。国民は戦争への道を回避しようと求める。いうまでもなく、経済へ深刻な打撃を与える。今の世界をみれば、一目瞭然だろう。
中国に目を向けると、輸出志向で成長を遂げてきた中国の影響力は世界貿易が減退するなかで減少するという。パンデミック「下」とその「後」では、人、モノ、情報が行き交う国家関係での密接さを避けることで、米中の平和が保たれるという帰結だ。パンデミックの後遺症が続く間は、この帰結は有効となる。
そうだとすれば、軍事力による抑止論はパンデミック「後」世界では弱まるに違いない。特に地上戦闘のための米海兵隊はコロナ禍「後」で、戦闘力をいかに維持できるのかが課題となる。中国に近い沖縄に米海兵隊を配置する危険性が注目されてよい。既得権益をもつ人々の抵抗はあるものの、新しい世界に適応する安全保障とは何かを考えるときである。
(随時掲載)
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がべ・まさあき 1955年、本部町生まれ。慶応義塾大学大学院博士課程中退。96年、琉球大教授。専門は、国際政治。現在、沖縄対外問題研究会代表
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新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、沖縄県が出した活動自粛・休業要請は解除された。しかし、活動制限が市民生活や経済に与えた打撃は今後も続く。感染防止対策や「新しい生活様式」が働き方や人と人との接し方を変え、ひいては人々の意識を変えていく可能性がある。「コロナ禍の先に」あるものは何か。県内外の有識者に示してもらう。