「捕虜になれ」下士官諭す 安里祥徳さん 捕らわれた日(19)<読者と刻む沖縄戦>


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糸満市摩文仁の海岸

 電信第36連隊第5中隊が摩文仁村(現糸満市)摩文仁に撤退して以降、安里祥徳さん(90)=北中城村=ら学徒兵は食料確保に追われました。

 《わが中隊の通信業務はなくなり、学徒兵の主要任務は中隊のための食糧確保に変わり、摩文仁の農地からサツマイモやニンジンを掘って食料にした。畑のサツマイモは一週間ほどでなくなり、その後はサトウキビだけをかじって飢えをしのいだ。》

 安里さんは「男たちが軍に駆り出されため製糖作業ができず、サトウキビが畑に残ったのでしょう。キビがなければ餓死者が出たはずです」と語ります。

 米軍の進攻で摩文仁は混乱に陥ります。第5中隊は20日に解散し、数人ずつに分かれて海岸の岩場に隠れました。安里さんは仲間2人と行動します。

 22日夕、思いがけないことが起きます。

 《22日の夕方、別部隊の下士官に「お前たち捕虜になれ」と説得された。

 「捕虜の虐待を禁止した国際的なハーグ条約というのがある。アメリカはそれを守るはずだ。この戦の先は見えた。悲しいことに日本は滅びる。だが、滅びた日本は新しく再建するのだ。新しい日本を再建するには、お前たち少年が立ち上がるのだ」。》

 「国のために死ね」と教えられてきた安里さんは「生きることが国のためになるのだ」という下士官の言葉に驚きます。