全て失われた… 苦難乗り越え、決意の熱演 舞踊と組踊(5)<再建に描く未来・首里城焼失1年>


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組踊上演300周年記念・首里城復興祈念公演で組踊「二童敵討」を演じる眞境名正憲氏(右から2人目)=2月15日、那覇市の首里城公園

 設けられた仮設舞台は簡素なものだったが、そこには苦難を乗り越えて前に進む、決意に満ちた実演家の姿があった。那覇市の首里城公園首里杜館前芝生広場で2月、組踊上演300周年記念・首里城復興祈念公演「琉球舞踊と組踊」が開催された。組踊立方の人間国宝・宮城能鳳さん(82)や伝統組踊保存会会長の眞境名正憲さん(82)ら42人の実演家が出演し、組踊の継承と首里城の再建を願った。

 組踊上演300周年を祝う公演は昨年11月、琉球芸能など数々の文化発祥の地である首里城で開催予定だった。首里城御庭には正殿を背景に、約8メートル四方の舞台が設置された。下手後方に橋掛かりを設けたり、演者が出入りする御幕を付けたりした。組踊が上演された300年前を意識して再現された特別な空間を、三日月が優しく照らしていた。

 しかし火災によって、首里城とともに舞台も焼失し、公演は延期となった。能鳳さんは焼け崩れる首里城のニュース映像を正視できなかったという。「全てが失われたような感覚で、目の前のことが信じられなかった」と話す。

 公演を機に予定していた、組踊上演300周年記念碑建立に向けた寄付や、協賛金を募る取り組みも延期になった。記念碑建立は、伝統組踊保存会をはじめとする芸能団体の念願だった。眞境名さんは「無形の文化財を有形で残す、大切な機会を失った」と落胆の色を隠さない。

 首里城が失われ、琉球芸能実演家は失意に襲われた。それでも多くの実演家は、芸能公演を首里城再建に向けたチャリティーの場とするなど、一日も早い再建を目指し汗を流した。2月の公演の本番前、琉球王国時代に国王が行幸の際に祈願した「園比屋武御嶽」を関係者が訪れ、公演の成功を願い、首里城再建への決意を新たにした。

 能鳳さんは、焼失前に首里城御庭で踊った日々を胸に、古典女踊「諸屯」を披露した。眞境名さんは組踊「二童敵討」で、師匠の真境名由康氏のおはこ芸でもあった「阿麻和利」役を演じ、豪快な演技で若手の立方を引っ張った。眞境名さんは「舞台に立つ前から、しっかり務め上げようという出演者各自の思いを感じた」と振り返る。

 2月の公演後、新型コロナウイルスの感染が県内でも広がった。芸能公演の多くは中止・延期が決まり、伝統組踊保存会は伝承者養成研修を対面ではなく映像を通じて行うなど、芸能の伝承にも制限が生まれた。厳しい状況にあるが、琉球処分や沖縄戦など苦難を乗り越えてきた琉球芸能の担い手は歩みを前に進める。

 能鳳さんは「先人は危機を乗り越えて芸能を守り抜いてきた。私たちも先人にならい、舞台で培った精神力でコロナ禍をはねのける。首里城が再建され、再び本殿の前で踊れる日が必ず来ると信じている」と力を込めた。
 (藤村謙吾)

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