アニメ『裏世界ピクニック』(2020)は、友だちのいない地味な女子大生・紙越空魚(かみこしそらを)が、金髪でスタイルのいい仁科鳥子(とりこ)と出会う場面から始まる。場所は「裏世界」だ。これは犯罪がうごめく裏社会のことではなく、異形のバケモノやゾンビのような存在がはびこる「異界」を意味している。2人はそれぞれ異なる動機から裏世界を訪れるが、空魚の右目と鳥子の左手がバケモノの影響で超常的な力を宿し、不可欠なパートナーとしてお互いの距離は次第に縮まってゆく。
裏世界はいくつもの見えないゲートでこちら側とつながっていた。そこには昼と夜があって草原や森や沼地が広がり、廃墟(はいきょ)のようなビルも建っている。一見こちら側と地続きのようだが人影はなく、理解不能な現象が生じ、夜はそこかしこにただならぬ雰囲気が濃厚に漂う。あるとき、夜の裏世界でバケモノに追われていた2人は、在沖米軍の海兵隊に遭遇する。彼らは沖縄での演習中に裏世界へと迷い込み、1カ月以上戻れないまま野営しているという…。
原作は宮澤伊織による同名の連作小説で、これまでのところ原作の第3巻あたりまでがアニメ化されている。2人が裏世界から持ち帰る奇妙なブツを知り合いの研究者が高値で買い取るという設定も含め、ストルガツキー兄弟の傑作SF小説『路傍のピクニック』が下敷きなっていることは言うまでもない。そしてネット上のホラー系都市伝説や民話的な怪異譚を軸に、銃器やアウトドア、DIY、ファッション等に関する初歩的な知識を盛り込みながら、百合系の物語に仕立てている。
在沖米軍との遭遇以前にもタコライスが登場し、原作には「琉球ガラスみたいな」という表現もある。また鳥子が裏世界で探す女は、沖縄姓ではないが「閏間」と書いて「うるま」と読むなど、いずれ沖縄が舞台になる予感はあった。アニメではそれが第7話で実現する。空魚と鳥子が海兵隊の野営地を脱け出してこちら側の世界に戻ると、そこは沖縄だった。一夜ハメをはずした2人は、翌日タクシーでビーチへと向かう。
途中で再び裏世界に誘い込まれるが、そこにも白い砂浜と青い海が広がっていた。水着に着替えてビーチにパラソルを立てると、地元の缶ビールで乾杯する2人。なぜか海の家は本土風だが、お約束通りの「沖縄で水着回」だ。『裏世界ピクニック』はすべての面で踏み込みが浅く、裏世界でも沖縄は米軍と観光リゾートのイメージ転写に終わっている。残念ながら沖縄独自の怪異譚は描かれていない。
(世良利和・岡山大学大学院非常勤講師)