子どもの貧困問題 構造下でも複雑な現実 <斎藤幸平の沖縄見聞録>下


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 貧困は資本主義のせいである。これがマルクスの根本洞察だ。だが、それで十分だろうか。

 基地問題と並んで、今回の滞在で訪れたかった現場が、沖縄の貧困である。安里長従と志賀信夫「なぜ基地と貧困は沖縄に集中するのか?」(堀之内出版)が強調するように、二つの問題は構造的に切り離せない。基地が地場産業の発展を阻害し、観光など中心の第3次産業偏重を生み、非正規や低賃金労働が生活困窮を生んでいる。

 滞在中には、子どもの貧困問題に取り組む、NPO法人ちゅらゆいの代表理事金城隆一さんと、うるま市内で児童館などを運営する「りあん」代表理事の山城康代さんに話をうかがった。

 本土では60年代以降「鍵っ子」対策として自治体主導で学童整備が進められてきたが、復帰前の沖縄では対策がとられなかった。「民立民営」の学童は割高で、生活困窮家庭は利用できないという。

 その結果、親の貧困が子どもの貧困に連鎖していく。仕事で大人が家にいないので、きちんとしたご飯を食べられず、お風呂に毎日入らないのが普通。電気が止まっていたり、底が抜けた靴を履いたりしている、など、2人が扱われている事例の深刻さに言葉を失った。そして学童の料金が1万円と聞いた時、でもそれくらい払えそうと一瞬でも思ってしまった自分が恥ずかしくなった。

 そんな反省をしていたからこそ、琉球新報とNHKのシンポジウムでは、さらに戸惑った。沖縄の人は、自己肯定感が低い。また、コミュニティー意識が強いがゆえに、出るくいを打つ傾向がある。この「沖縄人マインド」が経済成長を阻害していると上間天ぷらの社長上間園子さんが述べたのである。

 確かに、貧困家庭の子どもたちが自由に挑戦できるように自己肯定感を高めるための機会を与えることは必須である。一方で、その自己肯定感の低さは、現在の不平等な「本土優先・沖縄劣後」の構造から切り離すことはできない。だとすれば、マインド論は自己責任論ではないか。

 とはいえ、沖縄出身の上間さんは、構造的不平等を当然分かった上で発言しているに違いない。対話して分かるのは、構造の下での差別や分断を前に、各人がさまざまな苦しみや葛藤を経て、基地問題に反対したり、容認したり、あるいは、起業したり、貧困支援に回る人もいたりするという当たり前だが、複雑な現実だ。しかもその立場は揺らぐ。上間さんもシンポジウムの後半では、沖縄のゆいまーるを50年後に残したいものとして、むしろ「沖縄人マインド」を肯定的に捉えていたのが印象的だった。

 この複雑さや揺らぎは、構造に着目するマクロな視点では見えにくくなる。その事実が、今度は、資本主義批判に安住しがちな研究者としての私のアイデンティティーを揺るがす。この揺らぎに向き合いながら、今回の滞在を、これからの継続的な沖縄問題への取り組みの始まりにしたい。

(東大准教授)

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 琉球新報社とNHK沖縄放送局が開いた、沖縄の日本復帰50年記念シンポジウム「50年後の沖縄へ 守るべきもの・変えたいこと」に参加するため11月18日から5日間、沖縄を訪れた斎藤幸平さんは名護市の辺野古新基地建設現場を訪れたり、子どもの貧困問題に取り組む関係者と面談したりした。斎藤さんに感じたことや考えたことについて寄稿してもらった。


 斎藤幸平氏(さいとう・こうへい) 1987年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。ドイッチャー記念賞を日本人初、歴代最年少で受賞。著書に「ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた」「大洪水の前に」「人新世の『資本論』」。