「時には職員室を出て、みんなで車座になって話し合うこともあった。教育論議にはまったんじゃないかな」。2020年度から通知表を廃止した神奈川県茅ヶ崎市の香川小学校。年度末の3月13日、教員には通知表作成に追われるせわしさはなかった。
定年退職を控えた國分(こくぶ)一哉校長は、ほほ笑みながら教員を見詰める。「廃止の実現で先生たちが獲得した大きなことの一つは、業務削減ではない。自分たちで学校を変えていけるという実感だ。私が退職しても、そしてどの学校でも、先生がそれを忘れなければ、学校は変えられると思う」
とことん話し合う
香川小が通知表を廃止したきっかけは、20年度から完全実施された学習指導要領の改訂だった。内容変更に伴い、評価方法も変わる。既存の通知表が使えないため、通知表をどう作り変えるか、19年春から話し合いを始めた。
働き方改革の一環ではなく、業務上の必要性から始まった議論は、その過程で教職員と管理職が一緒に悪戦苦闘し、本音で議論し、理想を実現させようとするチーム力が育まれた。同時に、教職員には「学校は変えることができる」という自信が芽生え、今後の働き方改革の議論にも期待感を持つ教員もいる。
なくすのは、あり?
國分校長は以前から「通知表は要らない」と考えていた。「子どもには普段から『自分の良さは人と比べて見つかるものではない。一人一人の良さをみんなで見つけて、認め合えるのがいいよね』と話している。なのに子どもは通知表を見て、あの子より『よくできる』の数が少ないとか、人と比べてしまう」
思いはあったが、口にしなかった。教職員の意見を尊重しようと考えていた。
「校長先生、なくすのもありですか」。何回目かの議論の途中で、思いがけず質問が飛んだ。「校長の裁量でできるよ。ありじゃないの」。小さなどよめきとともに、議論が熱を帯び始めた。
「受験や社会に出たら競争を求められる。評価を受けることも必要なのでは」「あゆみ(通知表)をもらって、次はもっと頑張ろうとやる気になる子もたくさんいる」「でも、あゆみだと1学期分まとめての評価しかできない。子どもにとって、具体的な学習改善の材料にできるものになっていない」
話し合いから1年。結論を出す時期となり、ほぼ全員が「廃止してみよう」とまとまった。教員らの決断はその後、保護者の反対という壁にぶつかる。
(嘉数陽)