高校生らが平和について学び交流する「全国高校生平和集会」が今年、初開催から50年となった。集会を機に各地につくられ、運営の中心となっている「高校生平和ゼミナール」は不戦や核兵器廃絶を訴え続けてきたが、近年数は減少傾向だ。この夏、活動に弾みをつけようと半世紀の歩みをまとめた本を出版。携わってきた人は「高校生が平和や社会の問題を学ぶ場が広がるきっかけになって」と願いを込める。
高校生平和集会は、1974年の原水爆禁止世界大会で分散会として設けられたのが始まりで、広島や長崎で毎年開催されてきた。78年、集会を準備する中で広島で平和ゼミが発足し、その後、全国に広がった。各地のゼミで生徒は地域の戦争や平和を扱う資料館を訪れ、戦争体験者の話を聞いて、考えを共有し行動に移してきた。
81年には、広島市の元安川に沈む「原爆瓦」の一掃計画に反対し、約7千枚を発掘。取り組みは広島市民にも広がり、約3500万円の寄付を集め、翌年、原爆瓦を埋め込んだ碑が造られた。
東京弁護士会所属の白神優理子弁護士(41)は高校時代に平和ゼミに所属し、戦争体験者から「日本国憲法が自由で平和な社会をつくる」と聞いて仲間と憲法を学んだ。
「憲法は戦争の痛恨の反省から徹底的に人権や命を尊重している。体験者らの『命のバトン』だ」と気付き、法律家を志した。これまで原爆症認定訴訟や過労死事件の弁護に取り組んできた。
平和像を建てたり、構成劇をしたり。活動は平和実現へ「自分たちもできる」という希望を育んだ。白神さんは「無力感を抱く現代の高校生にとって、さまざまな問題を自分のこととして考える出発点になる」と信じる。
昨年3月まで所属した東京都の大学2年鳥海太佑さん(19)は、日本政府に核兵器禁止条約の批准を求める署名活動で、約1万4千筆を集めた。原動力は、被爆者の体験を聞いて抱いた「この人のために何とかしなければ」との思いだった。「全国の高校生と話し合い、共に活動する環境は新鮮だった」と振り返る。
各地の平和ゼミでは、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃に対して抗議集会を開くなど、現在進行形の問題にも声を上げている。
ただ、80年代後半、30都道府県以上にあったゼミは、生徒や世話人の不足で11都府県にまで減った。42年間、サポートしてきた元高校教諭の沖村民雄さん(76)は「高校生が平和を学ぶ場が足りていない」と懸念する。
自主的に学び、調べ、表現してきた場だと表現する沖村さん。「50年も被爆者の話を聞き、核廃絶を求め続けてきたこと自体に意義があり、大きな力を持っている」と強調した。