有料

祖父、叔母と永遠の別れ 新里正子さん(5) 家族を失って<読者と刻む沖縄戦>


祖父、叔母と永遠の別れ 新里正子さん(5) 家族を失って<読者と刻む沖縄戦>
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 新里正子さん(84)=読谷村=は叔母の清子さんの傷口に尿をかける叔父に驚き、足にかみつきます。

 叔父は泣きながら「消毒薬がないので尿で消毒しているんだ。苦しめているんじゃないよ」と諭し、「結婚したら私の気持ちが分かる。早く大人になりなさい」と頭をなでました。その姿が今も忘れられません。

 《おじさんは泣ちがなー 「戦なてぃ 薬んねーらん消毒薬ぬ代わいにシーバイかきたんどー 治(のー)すためにる さんどー 苦(く)ちさする為(たみ)あらんどぅ ごめんやー正子 いやぁーん 結婚(にーびち)しーねー 我(わん)肝心(ちむぐくる) わかてぃとらすさ 早(へー)く大人(うふっちゅ)なりよー」り言ち 我頭なでてぃ 「そーいらーなりよー」 涙(なだ)落(う)とぅち聞(ち)かさびーたん 我ねーうぬ事(くとぅ) あぬ姿(しがた) なまちきてぃ ゆう覚(う)びとーびん。》

 家族はその後、米軍に捕らわれ、トラックに乗せられます。大けがをした祖父と叔母は別のトラックで運ばれていきました。祖母は「家族だ、一緒に連れて行って」と声をからすくらい頼みました。これが2人との永遠の別れとなりました。

 《うぬ後 家族(やーにんじゅ) 捕虜とらってトラックんかい乗(ぬし)らって 怪我そーる2人や 別ぬトラックんかい乗らって うんめーや 「家族やしが まじゅん乗てぃとらせー」 声がかりーるあたい う願(にげー)さしが トラックが見ーらんなてぃん 「たんめーよー 清子よー まじゅん そーてぃ行じとらせー」 大泣ちそうたしが ちゃーする事(くとぅ)んならん 宜野座うて くぬ世ぬ別りとないびたん。》