prime

障害があってもなくても幸せ<伊是名夏子100センチの視界から>179


障害があってもなくても幸せ<伊是名夏子100センチの視界から>179
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 骨の折れやすい障害があり、車いすユーザーの私は、子ども2人を生み、育て、それを発信する毎日です。しかし今から70年以上前の1948年、障害のある人が生まれるのは良くないことだと考えられ「優生保護法」という法律が作られ、障害のある人に強制的に不妊手術をしました。その数は約2万5千件と言われていますが、明らかな数は分かっていません。約半世紀たった1996年に法律は改正されましたが、その後も手術を受けざるを得なかった障害のある人はたくさんいます。

 今月、強制不妊手術は、すべての人は平等であり、自分を大切にできることを保障している憲法に違反している、という判決が出ました。強制不妊手術はやってはいけないことだった、と国が認めたのです。

 このニュースを聞く度に、私ももしかしたら手術を受けさせられ、今のような生活をしていなかったかもしれないと、怖さが胸をよぎります。その話を子どもたちにすると「どうやって内緒で手術をしたの?」と聞かれました。「たとえば『盲腸なので手術しましょう』や『あなたの体のためだから、気にしなくて大丈夫だよ』とうそをつかれて、手術を受けさせたんだよ」。さらに子どもから「手術をしたお医者さんは罰せられないの?」とも聞かれ「とても悔しいし、残念だけど、法律で決まっていたことだから、医師に責任は問えないの。だから今、私たちが守らなければいけないと思っているルールも、もしかしたら誰かを傷つけたり、間違いにつながったりすることもあるかもしれないよ」と話しました。

 7月26日は障害のある人19人が殺害された、津久井やまゆり園の事件から8年です。障害のある人を実際に傷つけ、命を奪うことはなくても「障害のある人が生きていることは迷惑だ」「障害はかわいそうだからなくした方がいい」というメッセージは、あちらこちらで耳にします。歩けない人に、少しでも歩けるようにと手術を強要したり、訓練を強制したりするのも、時には障害が良くないものという考えにつながります。

 日本の障害者の割合を知っていますか? なんと約10人に1人が障害のある人です。障害があることは珍しいことではないはずなのに、なくそうとする人が多いことがあまりにも残念で、不自然です。どんな状態にあっても、その人のありのままが受け入れられ、すべての人が幸せに生きられる毎日を願います。


 いぜな・なつこ 1982年那覇市生まれ。コラムニスト。骨形成不全症のため車いすで生活しながら2人の子育てに奮闘中。現在は神奈川県在住。