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対馬丸事件、つらさで語れなかった母 体験を娘が書籍に 沖縄戦


対馬丸事件、つらさで語れなかった母 体験を娘が書籍に 沖縄戦 母の体験について語る上野和子さん=6月9日、那覇市のジュンク堂書店那覇店
この記事を書いた人 Avatar photo 外間 愛也

 「今も冷たい海に眠る子どもたちのことを忘れないで」。太平洋戦争中、疎開する学童らを乗せ米潜水艦に撃沈された対馬丸に引率教員として乗船した故・新崎美津子さん(享年90)の長女、上野和子さん(77)=栃木県=が、母の体験や生涯をまとめた書籍「蕾(つぼみ)のままに散りゆけり」を発刊した。那覇市のジュンク堂書店那覇店で9日、出版記念トークイベントがあり、本に込めた平和への願いを上野さんが語った。

 対馬丸は1944年8月22日、魚雷攻撃で沈んだ。海に投げ出された新崎さんは4日間漂流した。海上で「先生、助けて」と呼ぶ声が聞こえたが、板にしがみつくのが精いっぱいで子どもたちを救えず、責任を感じていたという。

 新崎さんは、家庭訪問をして親子を説得して船に乗せたことへの強い後悔などから、長い間自身の体験を語らなかった。上野さんは「母は子どもたちを死なせたつらさなどから沖縄に戻れず、栃木に移り住んだ。話さなかったのではなく、話せなかったのだと思う」と心情をおもんぱかった。

 新崎さんが自身の体験を初めて公の場で語ったのは2006年、戦争体験を語る講演会に講師で招かれたときだった。「語らなければ事件のことが忘れられると思ったのだろう。つらい記憶を、勇気を出して語ってくれた」と上野さん。初めて母の体験の詳細を知った。

 上野さんは母の死後に対馬丸事件のことを調べ、遺品の手記を読み込んだり、母の体験を知る親族から話を聞いたりして文書で発表してきた。今回の書籍はこれまでに書いた文書をまとめたもの。本のタイトルは母が詠んだ短歌「子供らは/蕾のままに/散りゆけり/嗚呼(ああ)満開の/桜に思う」から取った。

 上野さんは現在、対馬丸記念館の語り部も務める。「本を書いた目的は平和への思いであり、それは母の願いでもあった。今の世を戦争の時代に戻してはいけない」と決意を語った。

 本の問い合わせは悠人書院の福岡さん090(9647)6693。

(外間愛也)