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ニュースの価値 ネットは「タダ」定着 ニュース再生 発想転換を<山田健太のメディア時評>


ニュースの価値 ネットは「タダ」定着 ニュース再生 発想転換を<山田健太のメディア時評> 公正取引委員会=東京・霞が関
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 世の中には「ニュース」が溢(あふ)れている。人によってその関心は、イスラエル・パレスチナ衝突だったり、ジャニーズ性加害問題だったり、はたまた藤井聡太八冠だったりとそれぞれだが、森羅万象の出来事を誰かが取材し報じることで、私たちはその事実を知ることができるわけだ。そうした報道活動を組織的に行っている中核的存在が言論報道機関で、いまでも新聞や放送、あるいは出版が中心的な役割を担っている。

 ただし、実際にどういう手段で私たちが報じられたニュースに接しているかといえば、本紙読者であれば新聞が中心かもしれないが、若年層では圧倒的にスマホの中のSNSを通じてということになる。そこで世の中一般に、「ニュースメディア」といった場合は、伝統的な新聞やテレビのみならず、Yahoo!やLINEといったニュースコンテンツを扱うポータルサイトやアプリが大きな地位を占める現状がある。

 そうした中で、偶然揃(そろ)った三つのニュースメディアの将来を占う報告書は、極めて興味深いものだ。

アグリゲーター

 最初に紹介すべきは公正取引委員会が9月21日公表した「ニュースコンテンツ配信分野に関する実態調査報告書」だ。言うまでもないことだが、ニュースポータルサイトが直接取材をしてニュースを生成しているわけではなく、そのほぼすべては報道機関の記事の2次的配信だ。もちろん、その報道機関のニュースも、直接取材をしたものではなく、「こたつ記事」と揶揄(やゆ)されるようなテレビのコメンテーターの発言をまとめたものであったりして、「報道」という言葉がもつ意味合いが大きく変わってきている。

 しかしそうした記事も含め、サイトが安い契約料(公取委は許諾料と呼ぶ)で記事を買い、それを自社サイトでコンテンツとして流すことで広告収入を得て高い収益を上げるという構造が出来上がってきた。いわば、大きな取材費をかけて集めた情報が、ニュースポータルサイトに安価に吸収され、さらにその結果、新聞や放送離れを引き起こして自分の首を絞めるという悪循環が、ここ20年以上続いてきたことになる。

 しかもニュースを集め配信するサイトの寡占化が進んでいて、インターネット上であればYahoo!が、SNS上であればLINEが大きなアクセス数を稼ぐ状況にあり、自然の摂理としてこうした記事を集めて売るニュースアグリゲーターは、社会的にも大きな存在に成長してきた。それはまた、売る側の報道機関より買う側のポータルサイトが力関係のうえで強い状況を生み出し、報道機関の側からみると搾取されている状況が生まれているわけだ。

優越的地位

 この状況は日本のみならず世界的潮流で、ネット情報は「タダ」という常識が定着し、そうした社会的認識がさらに報道機関がニュースを読者や視聴者に買ってもらうことを困難な状況を加速させてきた。1990年代に、報道機関自らが「小銭稼ぎ」としてこうした下地を作ってしまったばかりに、2010年代に入ってネット情報の有料化を目指しても商業的にうまくいかず、多くの報道機関は衰退の一途を辿(たど)っているわけだ。

 そうした中で公取委は、現行の商慣習に一定のメスを入れ、ニュースポータルサイトが「優越的地位」を利用して報道機関の記事を安く買い叩いているのではないかとの指摘を行ったわけだ。すでに海外でも、Googleの記事買い取り額の引き上げが発表されたりと、とりわけ民主主義社会における報道機関の存続を念頭に置いた政策変更や商慣習の改善が相次いでいる中、日本でもその具体的な機運が芽生えたということといえよう。報道界のまとまり具合にもよるが、契約料金の引き上げ、サイト内におけるニュースの見せ方などにおいて、一定の変化をもたらすに違いない。

スマホ完結型

 しかしより深刻な問題は、報道機関にとってこうした改善が束(つか)の間の休息にすぎない可能性だ。その危機的状況を示すのが、二つ目に紹介する英ロイタージャーナリズム研究所から発表された「ロイター・デジタルニュースリポート2023」である。46の国・地域比較のデータの中で特に目を引くのが、日本のニュース接触の特異な状況だ。北欧諸国ではオンライン上でニュースに触れる方法として圧倒的に「直接」が多いのに対し、日本では「ニュースアグリゲーター」が65%を超える。その傾向は特に若年層で明らかだ。

 またコメントなどの能動的な参加という点でも、日本は飛び抜けて低い数字を表していて1桁台である。そうした参加度合いとも関係していようが、オンラインニュースに過去1年間でお金を払った人の割合も、日本は最低ランクで1桁台、平均の17%から大きく下回る結果である。

 そうした中で、ニュースへの関心度が、ドイツ、オーストラリア、韓国などで安定しているのに対し、フランス、アメリカ、イギリスなどで軒並みこの10年で20ポイント近く低下するなど、多くの国で危機的な状況にある中、日本はそもそも最初から低レベルであったうえに、さらにその低下傾向に歯止めがかかっていない状況だ。

 こうした状況の底辺には、これまた日本の特徴として浮かび上がってくる圧倒的なスマホ依存がある。多くの国ではそれ以外のインターネットデバイスが接触方法として挙げられる中、日本ではニュースに限らず、主たる情報接触の手段がスマホであることは、肌感覚としても納得するところである。こうした状況を総合的に勘案するならば、日本の場合はそもそものニュース離れや、スマホ完結型の情報摂取環境をどう変えることができるかが、大きな鍵ともいえる。

NHKの動向

 そこで気になるのが三つ目に紹介する、総務省の有識者検討会が8月5日に公表した「デジタル時代における放送の将来像と制度の在り方に関する取りまとめ」だ。日本最大の言論報道機関であるNHKがネットに本格進出することを認める内容で、パブリックコメントも実施され近く法改正がなされる予定だ。ニュースサイトとしてどう振る舞うのかは、今後の日本社会のニュースの見せ方や情報環境に大きな影響を与えかねない。

 いま、世の中では8割の人が受信料という名称で番組すなわち情報や知識へのアクセスにお金を払っている。それは日本最大のニュースサブスクを意味し、対象をネットに拡大してニュースポータルサイトとして視聴料徴収をするのであれば、それはNHK単独ではなくて総合ニュース配信サイトとしての形をとることも選択肢の一つであろう。ボーダーレスのネットの世界の中で言語バリアーが依然高い日本の報道界において、日本独自モデルのニュースの伝え方かもしれない。NHK事業拡大を単に民業圧迫と捉えるのではない、発想転換によるニュースの再生が求められている。

 (専修大学教授・言論法)


 本連載の過去の記事は本紙ウェブサイトや『愚かな風』『見張塔からずっと』(いずれも田畑書店)で読めます。