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米、特権維持へ編み出した「日本語留学生」との兼任<沖縄の国連軍基地~基地固定化の源流>2


米、特権維持へ編み出した「日本語留学生」との兼任<沖縄の国連軍基地~基地固定化の源流>2 平良幸市知事(左)を表敬訪問するマンスフィールド駐日米大使(同2人目)。同大使は70年代末、沖縄を含む国連軍基地の維持に立ち回った=1977年12月21日、県庁
この記事を書いた人 Avatar photo 梅田 正覚

 1972年のニクソン大統領(当時)の電撃訪中によって朝鮮戦争で対峙(たいじ)した米中の和解が実現する。英豪仏など12カ国の国連軍参加国の中には、財政的負担を理由に東京の米軍横田飛行場内の後方司令部に要員を派遣することへの難色が広がり始めていた。

 後方司令部に米軍以外の国の要員がいなくなることは国連軍地位協定の失効を意味する。在日の国連軍は存在根拠を失うことになり、解体の危機に直面していた。

 国連軍基地の維持に努めたマンスフィールド駐日米大使は79年、参加国に秘密公電を送り、必死の説得に乗り出した。

 「(国連軍地位協定の)失効は、韓国に対するわれわれの意図や、朝鮮有事の際に第三国の支援を動員したいというわれわれの願望について、日本政府に誤った印象を与えかねない」などと訴えた。必要ならば日本政府から維持に向けた働き掛けを参加国に行わせることもできるとまで請け負ってもいる。

 米側は参加国と水面下で調整も開始。米側が編み出したのが、要員派遣をローテーションすることで各国の負担を減らし、横浜市にある米国務省の日本語研修所(通称FSI横浜)に研修生を派遣すれば後方司令部勤務と認める手法だ。

 マンスフィールド氏は秘密公電で「日本政府は、加盟国の将校が国連軍後方司令部の要員を務めなければ地位協定に該当しないため政治的に擁護できないと判断している」と派遣継続の必要性を強調。「語学留学生の兼任は(日本政府が)快く受け入れている」とつづった。米国の財政支援の下、参加国の軍人をFSI横浜に研修生として派遣させ、司令部要員を兼任させたとみられる。

 秘密公電を発見した東京工業大の川名晋史教授は「語学留学生との兼任が認められると加盟国としては国連軍基地を維持で生じる人的・財政的負担は軽減される。米国としては有事の際は国際社会の総意として作戦を展開するとの名目が成り立つので国連軍基地の存在は大きい」と話した。

 日米がひそかに維持に努めた国連軍基地について、撤去に挑戦した形となったのは2009年に政権交代を果たした民主党(当時)の鳩山由紀夫首相だ。普天間飛行場の「県外・国外移設」を模索した。曲折の末、県内移設に回帰した責任を取って10年に退陣した。

 昨年12月、鳩山氏は琉球新報の取材に「国連軍基地のことはほとんど認識していなかった。米軍基地の中でどこまで重要性を占めていたかは必ずしも総理として頭に入ってなかった」と述べた。 外務・防衛官僚は、安全保障の大転換となる「駐留なき安保」を唱えた鳩山政権に国連軍に関する重要情報を伝えていなかった可能性がある。

 国外移設は、米軍が国連軍地位協定によって参加国に「また貸し」できる基地を手放すことにつながる。米側にとっても受け入れるにはハードルが高かったとみられる。

(梅田正覚)