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教育虐待 真の学知伝える教育を<佐藤優のウチナー評論>


教育虐待 真の学知伝える教育を<佐藤優のウチナー評論> 佐藤優氏
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 琉球王国は、軍隊の力が弱かったので、文民優位の文化があった。筆者の母が久米島時代の思い出として話していたが、父(筆者の祖父)は、農作業の後、友人と戦国史の話をするためによく集まっていたという。論語や孟子も暗記していた。そういう大人は久米島で珍しくなかったということだ。沖縄が日本に併合された後、近代的な学校ができると島の人々は、貴重な働き手が失われるにもかかわらず、児童を積極的に学校に送り出した。学校教師から入ってくる新しい情報を親たちは喜んで聞いていたという。書籍が少ない久米島では、皆が教科書をむさぼるように読んだそうだ。

 久米島だけでなく、沖縄全域に学知を尊重する文化がある。例えば、琉球新報と沖縄タイムスの文化欄は、全国紙と比較しても水準が極めて高い。県民はこの二つの新聞に慣れているのでそれが当たり前と思っているが、日本の全国紙と比較しても沖縄2紙の取り扱っているテーマには難しいものが多い。その理由は、広く県民に読まれている沖縄の総合雑誌がないことと関係していると筆者はみている。総合雑誌の機能を新聞が果たしているのだ。

 筆者は公立名桜大学での講義を再開しようと考えているが、県出身の学生を教えていて気付くのは、文科系、理科系の双方でよくバランスのとれた教育を受けている人が多いことだ。県の中学、高校の教育体制は、客観的に見てよくできていると思う。予備校偏差値では、教育の価値は測れないと筆者は思っている。

 具体例を話す。筆者は東京都新宿区に住んでいる。周囲の公立小学校では7~8割が中学を受験する。そのためには小学3年生の2月を受験業界の用語では、新4年生と呼ぶ。中学受験を扱った高橋志帆氏作・画の「二月の勝者――絶対合格の教室」(小学館)という漫画があるが、ここでは首都圏での中学受験の状況がかなり正確に描かれている。塾の教室長が「受験に勝利するために必要なのは、父親の経済力と母親の狂気」と言うが、実際、子どもの受験に伴走するために仕事を辞める母親も少なからずいる。

 心身に変調を来す母親もいる。塾にかかる費用も、年間で4年生は100万円、5年生は150万円、6年生になると受験料を含めれば200万円を超える。しかも、私立中高一貫校に入ると学校行事を含めると年間200万円くらいの支出を覚悟しなくてはならない。6年間では1200万円だ。保護者の経済力がなくては中学受験は不可能だ。

 さらに4年生、5年生で毎日3時間、6年生になると平日で5~6時間、休日は10時間、机に向かって勉強しないと塾の教材を消化できない。難関塾の教材を消化するために、個別指導塾に通ったり、家庭教師を雇ったりしている家庭も少なからずいる。このプレッシャーに耐えられず消耗している小学生が多数いる。教育虐待と言われても仕方ないようなケースも何件か見かけた。

 このような偏差値競争に勝っても、人生を生き抜く力は付かない。5年くらい前まで、これは首都圏特有の現象だが、最近は京阪神でも似た状況が生じている。少し時間を置いて過熱した中学受験の嵐が沖縄にも及んでくる可能性があると筆者は心配している。教育虐待に陥らず、真の学知を子どもたちに伝えていく沖縄独自の教育体制について、今から大人たちが真剣に考える必要がある。

(作家、元外務省主任分析官)