主文
1 原判決を取り消す。
2 本件を那覇地方裁判所に差し戻す。
当裁判所の判断
当裁判所は、原審と異なり、控訴人らの本件訴えはいずれも適法であると判断する。その理由は、次のとおりである。
本件のように、当初の処分後に生じた事情により当該処分を撤回した処分につき審査請求がされた結果、これを認容して当該撤回処分を取り消す旨の裁決がされた場合、当該裁決は、撤回処分によって将来に向かって消滅した当初の処分と同等の効果を有するものであるから、当該裁決の取消訴訟における原告適格については、当初の処分の取消訴訟における原告適格と同様の判断枠組みに従って行うべきものと解するのが相当である。
上記の見地に立って控訴人2番、3番、16番が本件裁決の取消しを求める原告適格を有するか否かについて検討する。
公有水面埋立法及び同法施行令・規則に加えて環境影響評価法、環境基本法等の趣旨及び目的をも参酌すれば、承認等に関する公有水面埋立法の規定は、公有水面の埋立て及び埋立地の用途(施設の設置等)に係る事業に伴う騒音、振動等によって当該事業に係る事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境の被害が発生することを防止し、もって健康で文化的な生活を確保し、良好な生活環境を保全することをその趣旨及び目的とするものと解される。
次に、本件裁決において考慮されるべき利益の内容及び性質についてみるに、違法な公有水面埋立事業に起因する騒音、振動等によって当該事業に係る事業地の周辺住民が直接的に受ける被害の程度は、その居住地と当該事業地との近接の度合いによっては、上記の被害を反復、継続して受けることにより、その健康や生活環境に係る著しい被害を受ける事態にも至りかねないものである。
公有水面埋立法は、騒音、振動等によって健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある個々の住民に対して、そのような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当であり、公有水面埋立事業の事業地周辺に居住する住民のうち、当該事業が実施されることにより上記の著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は、当該事業に係る公有水面の埋立ての承認等の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
そして、当該事業に起因する騒音、振動等により健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に当たるか否かは、当該住民の居住する地域が上記の著しい被害を直接的に受けるものとして想定される地域であるか否かによって判断すべきものと解される。
また、当該住民の居住する地域がそのような地域であるか否かについては、当該事業に係る埋立ての対象となる公有水面やその用途として建設される施設の種類や規模等の具体的な諸条件を考慮に入れた上で、当該住民の居住する地域と当該事業地との距離関係を中心として、社会通念に照らし、合理的に判断すべきである。
本件埋立事業に係る埋立ての対象となる公有水面やその用途として建設される本件施設の種類や規模等に加え、本件承認申請の添付書類として提出され審査の対象となる本件環境影響評価に係る本件補正評価書において採用された航空機騒音に係る環境保全の基準の内容や本件WECPNL予測コンター図の性質等を考慮すると、本件WECPNL予測コンター図に表示された70WECPNLのコンター線からおおむね200メートル以内の地域に居住している者については、本件埋立事業に起因する騒音、振動等により健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるものとして想定される地域に居住する者ということができ、上記の著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に当たるというべきである。
そして、控訴人2番、3番及び16番については、上記コンター線からそれぞれ187・2メートル、90・1メートル及び194・0メートル離れた地点に居住している者と認められ、本件埋立事業に係る埋立てや埋立地の用途に起因する騒音、振動等により健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に当たると認められるから、それぞれが提起した本件裁決の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
次に控訴人9番が本件裁決の取消しを求める原告適格を有するか否かについて検討する。
本件においては、航空機の航行に起因する障害の中には航空機の衝突や墜落事故に伴うものが想定される。公有水面埋立法は、航空機の航行に起因する障害によって健康(ひいては生命、身体の安全)又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある本件埋立事業地の周辺に居住する個々の住民に対して、そのような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当であり、当該事業が実施されることにより上記の著しい被害を直接的に受けるおそれのある者は、原告適格を有するものというべきである。
本件施設を含め米軍が運用する飛行場については、米軍が定めている飛行場及びヘリポートに係る計画及び設計についての基準として米国国防総省が作成している統一施設基準が適用されるところ、同基準においては航空機の安全な航行を目的として、飛行場の周辺空間に進入表面、水平表面等の高さ制限(周辺高さ制限)を設定している。
本件埋立事業に係る埋立地の用途として建設される本件施設の種類や規模、本件施設に係る規制の内容等を考慮すると、統一施設基準における周辺高さ制限におおむね抵触する高さの建物に居住している者については、本件埋立事業に伴う航空機の航行に起因する障害により健康(ひいては生命、身体の安全)又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるものとして想定される地域に居住する者ということができ、上記の著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に当たるというべきである。
控訴人9番については本件施設の供用開始時に設定されることが見込まれる上記周辺高さ制限における円錐表面に係る制限高さを0・97メートル下回る高さの建物に居住している者と認められ、本件埋立事業に伴う航空機の航行に起因する障害により健康(ひいては生命、身体の安全)又は 生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に当たると認められるから、同人が提起した本件裁決の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
被控訴人は、本件裁決における審理の対象は公有水面埋立法4条1号要件及び2号要件のみであるから、本件訴訟における原告適格は、本件裁決の根拠法規である同項1号及び2号との関係で検討されるべきであるとした上で、同項1号及び2号は埋立地の供用に起因する健康又は生活環境に係る著しい被害を受けない利益を個々人の個別的利益として保護する趣旨を含まない旨主張する。
しかし、同条所定の原告適格の有無は、関係法令の趣旨及び目的をも参酌した上での根拠法令の趣旨及び目的を考慮して導かれる権利若しくは法律上保護された利益の侵害又はそのおそれの有無という観点から判断されるべきものであると解される。
そして、このような権利利益の侵害又はそのおそれの有無は当該処分又は裁決の「要件」ではなく「効果」に関わるものであるから、その判断は、具体的な事案において当該処分又は裁決の理由とされた要件の規定如何によって左右されるものとは解し難い。
そうすると、本件裁決の審査対象となった本件撤回処分が、本件埋立承認につき事後的に1号要件及び2号要件を満たさない事態に至ったことを理由としてされたものであることを踏まえても、本件裁決の取消訴訟における原告適格につき、被控訴人の主張する判断枠組みを採用することはできず、また、当該判断枠組みを前提とする被控訴人の主張はいずれも採用の限りでない。
被控訴人は、(控訴人2番、3番、16番)に関し、75WECPNL以上の航空機騒音が生ずるおそれがある区域に居住するか否かを原告適格の有無の判断基準とすることには合理性があり、コンター図の75WECPNLのコンター線からそれぞれ587・2メートル、445・3メートル及び552・3メートル離れた地点に居住している控訴人2番、3番及び16番について原告適格を認めることは相当でない旨主張する。
本件補正評価書において採用された航空機騒音に係る環境保全の基準の内容や本件WECPNL予測コンター図の性質等を考慮すると、同コンター図に表示された70WECPNLのコンター線からおおむね200メートル以内の地域に居住している者については本件裁決の取消訴訟における原告適格を有するものと認めるのが相当であることは、前記のとおりであり、控訴人2番、3番及び16番が同コンター線の外側に居住していることをもって直ちにその原告適格を否定すべきものということはできないから、これに反する被控訴人の主張は採用できない。
被控訴人は(控訴人9番)に関し、統一施設基準における周辺高さ制限を理由として原告適格の有無を決する根拠がない上、控訴人9番の住所地に存する建築物の高さは周辺高さ制限に抵触していないし、その建物高自体は4・70メートルしかなく、このような平家建ての建築物に抵触するか否かといった態様で航空機が運航されることはあり得ないなどと指摘して、控訴人9番について航空機の事故による被害のおそれはなく、本件裁決の取消訴訟における原告適格を有しない旨主張する。
本件施設の種類や規模、本件施設に係る規制の内容等を考慮すると、統一施設基準における周辺高さ制限におおむね抵触する高さの建物に居住している者については本件裁決の取消訴訟における原告適格を有するものと認めるのが相当であることは前記で判示したとおりであり、現状において控訴人9番の居住する建物が上記周辺高さ制限に抵触しないこと等の被控訴人指摘の事情をもって直ちにその原告適格を否定すべきものということはできないから、これに反する被控訴人の主張は採用できない。
他に被控訴人が主張するところも結論を左右するものとはいえない。
以上によれば、控訴人らの主張するその余の観点から原告適格の有無について検討するまでもなく、控訴人らは、本件裁決の取消訴訟における原告適格を有するものということができる。
結論
本件訴訟の経過とその内容等に照らすと、本件については、原告適格に係る上記判断内容を踏まえて原審において更に弁論をする必要があると認められるので、原判決を取り消し、本件を那覇地方裁判所に差し戻すこととして主文のとおり判決する。