大学受験生当時に全国模試で沖縄県内1位となり、大学入学後に19歳で学習塾を起業した前田龍吾さん(24)。慶応大学に在学中で東京と沖縄を行き来し那覇市内で生徒の受験指導にあたる前田さんだが、高校時代の成績は、校内順位100番台からのスタートだったという。受験や東京で送る大学生活など、自身の経験から育った場所による「教育格差」を感じる中で「人の数だけ教育を」というビジョンにたどり着き、受験生に向き合う日々を送っている。
(暮らし報道グループ・慶田城七瀬)
教えるのは勉強ではなく勉強法
受験シーズン真っ最中の1月下旬、那覇市銘苅にあるレンタルスペースでは、参考書を広げた高校生たちが机に向かい黙々と自習に励んでいた。前田さんが開設した塾「NEXT GENERATION」は大学受験の高校生らが対象だが、生徒たちは参考書などを活用した自習がメインだ。分からないところが出てきたら前田さんら講師に相談するのが基本スタイルで、週に1回の面談で学習の進捗を確認している。
ネットで情報が簡単に入手できる時代になった今日、無料の動画配信など良質な受験指導は誰もがアクセス可能なのだという。
ただの受験指導ではなく、あくまで生徒自ら「問い」を見つけて主体的に取り組めるような指導を目指す。受験指導に加えて力を入れていきたいのは探求学習だ。生きた学びを届けたいと、「マジックショーで考えるエンタメの方程式」や「chat GPTを使って親に手紙を書いてみよう」というテーマで授業をしたこともある。「せっかく大学受験するんだったら、受験を通して自分で学ぶ力をつけて進学してほしい」と話す前田さん。
「自ら学ぶ力を伸ばすという方針で、1人1人にパーソナルトレーナーをつけて指導します。どんなに美味しい食材があっても調理法を知らないと料理できない、素材を生かしきれないのと同じです。勉強法をどう生かすのか、今自分に足りないのは何か。勉強法を教える塾としてやっています」
塾生の大学合格率は90%を超え、県外の難関大学に次々と進学が決まっている。
受験と進学で感じた「教育格差」
前田さんが生徒の自ら学ぶ力を伸ばしたいと強く思う背景には、自身の受験と進学で「教育格差」を感じた原体験がある。
高校に入学した頃の校内成績は100番代からのスタートだった。自身も着手したのは勉強法を学ぶことだった。参考書を基に自習型の塾で必死に勉強し、2年には校内1番になり、3年では全国模試で県内1位にまでなった。
「自己肯定感が一番高い時期だった。沖縄で1番になったし、努力したら何でもできるんじゃないかと思っていた」と笑顔を見せた。
一時は東大を目指して勉強していたが、学校で分からないところを先生に質問したら先生が回答に困ったことや、塾では同じ塾生から質問を受けることもあった。
「教えてもらえるのが当たり前という環境は当たり前じゃないんだなと痛感した」
さらに、沖縄で1位になっても全国では300番代ということにも衝撃を受けた。
サッカーと勉強に明け暮れた高校時代の前田さんだが、成績は良かったものの進学する大学をどう決めたら良いのか迷っていた。
高3の時、社会起業家になった先輩から「好きなことを仕事にできるのが社会起業家だよ」と言われた。それなら、好きなことができた時に仕事にできるスキルを身につけようと、慶応大学商学部を目指すことに決めた。
慶応大学に合格して入学すると、中学受験のために小学校から勉強してきた学生ばかりだった。「勉強してきた時間や環境が圧倒的に違うと感じた。才能の差というより努力の差を見せつけられた」という。
東京での大学生活は、新しいものや人との出会いがたくさんあり、日々刺激的だった。貴重な機会に恵まれるうちに、美術館や博物館などが多くあることや、地続きですぐに別の県へ旅に出られることなど、受験だけではなく、自分の「好き」に出会う機会にも沖縄との差があることに気付いた。
「生まれた場所によって教育に格差があるのはおかしいのではないか。沖縄のために何かやりたい」教育格差の解消を目指して、学習塾を開設しようと決めた。
始まりはたった1人
東京にいながら、沖縄の生徒を集めるのは至難の業でもあった。沖縄に帰省して高校OBの進路講演会で話したり、学習支援事業で高校生の学習相談に乗るなどの機会を捉えて入塾を案内した。SNSで沖縄の受験生らしき生徒を見つけ、ひたすらダイレクトメールを送り続けた。「100件送って1件返信が来れば良い方だった」
起業1年目の生徒はたった1人。沖縄で指導することが入塾の条件だったため、大学を休学して指導にあたった。開設から5年たった現在、塾生は約50人、講師も10人を超えた。4月には100人規模の教室に移転が決まっている
生徒たちが自分の好きなことを基に社会課題とかけあわせてプロジェクト化する教育カリキュラムも考案し、学習塾の枠組みを超えた新しい「塾」を目指す。20代のうちに新しい私立学校の設立を目標とし、「新しい教育の形」を模索する。公教育や行政、企業や地域住民も巻き込んで「教育を創る」ことに沖縄の将来像を描く。
前田さんがたどり着いたビジョンは「人の数だけ教育を」。「沖縄で教育を受けた生徒たちが自分の個性を表現して県外へ世界へ飛び立ち、巡り巡って沖縄に帰ってくる。沖縄にしかできない教育を、色んな世界中の人が学びに来るようにしたいと強く想っています」。
前田龍吾 – Ryogo Maeda – 学習塾ネクストジェネレーション代表
沖縄県出身。高校卒業後、慶應義塾大学商学部への進学を機に上京。沖縄と東京でのあらゆる面での機会格差を感じ、大学2年次に休学して沖縄で学習塾NEXTGENERATIONを創業。現在3期の卒業生を県外難関大学中心に輩出し、4期目に取り組む。今年度から学校や民間での探究学習教材の開発にも携わり、公・私教育を通して「人の数だけ、教育を」というビジョンを達成するためにオーターメイド教育の実現を目指している。
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