<第1話から読む>
<第4話はこちら>
R1…捕虜移送船
沖縄の各地で米軍に投降し、拘束された人々は近くの収容所に集められた後、一般住民と日本軍関係者に選別され、日本軍関係者は「捕虜」とされました。米軍は乗船前の捕虜に対して体毛を刈り上げ、海水で体を洗うように指示しました。ハワイまで裸のまま過ごさせた船は捕虜から「裸船」「地獄船」とも呼ばれ、その待遇は劣悪でした。
R2…ハワイの捕虜収容所
ハワイ・オアフ島に到着した沖縄県人捕虜の多くは、内陸部のホノウリウリ収容所に移送されました。捕虜は収容所でPW(戦争捕虜の意味)と記された衣服を着け、身の回り品を支給され、布張りのテントで寝起きしました。遅い人で1946年10〜12月ごろに解放されましたが、県人は全員解放されるまでに少なくとも十数人が亡くなったとみられています。遺骨が沖縄の遺族に届けられたという報告もありません。遺骨の行方は2020年12月現在、不明のままです。
<第6話につづく>