復帰を願ったのに、その内実に失望する。国の仕打ちに憤り、あるべき姿を求める。戦後沖縄の命運というべき道程を歩んだ人生であっただろう。先月他界した演劇集団「創造」元代表で役者の内間安男さんである
▼沖縄の近現代史を貫く差別を描いた「人類館」の調教師役で注目を集めた。15年ほど前、映像で舞台を見た。差別と被差別の不条理を体現するかのような迫真の演技に慄然(りつぜん)とした
▼ジャーナリスト森口豁さんが手掛けた番組に幾度か登場した。復帰を求めた高校生。ヤマト世の矛盾と向き合う社会人。子を育て、沖縄の将来を見つめる父。その軌跡は戦後沖縄の歩みと重なる
▼復帰を望んだのは「平和を愛する心であったし、沖縄そのものの解放だと思っていた」からだった。それが時の為政者によって「違う方向に向けられていった」。成り行きを見据え、心の振り子は同化から別の方向へと動いた
▼病で15年ほど演劇から離れた。「でいご村から」で復帰したのは2014年。沖縄戦で心の傷を負った男を演じた。場面の変わり目に約2分間登場する。演出の幸喜良秀さんは「長い文章の中の接続詞」を意図した
▼現実社会で内間さんが演じた接続詞は「しかし」だったか、それとも「やがて」であったか。県民もさまざまな接続詞の間で揺れている。コロナ禍の中で、沖縄はもうすぐ復帰48年の日を迎える。