「普通」という答えに頭をがつんと殴られたような気がした。子どもたちの方が私よりずっと障がい者理解が進んでいた
▼医療的ケアが必要な湯地駿羽(ゆじはやと)さん=那覇市=は幼稚園から中学まで地域の普通校に通った。彼の友人たちは車いすを押すのが当たり前。日常の遊びもどうすれば一緒にできるのかを自然に考えていた
▼駿羽さんと一緒に学んでどう感じるかという質問の答えが冒頭の言葉だ。幼い頃から一緒にいる彼らにとって、医療的ケアのある同級生の存在は、特別ではなく普通のことだった
▼駿羽さんと同級生の関係を見ていると、インクルーシブ教育はどんな子にも必要だと痛感する。国もインクルーシブ教育を推進するが、現実は当事者が希望しても障がいの程度、学校の受け入れ体制などが理由で、地域で学ぶことがかなわない例が多い
▼国連の障害者権利委員会は、障がい児の分離教育の中止を日本政府に要請した。地域に障がい児がいるのは当たり前。教室に障がい児がいるのが特別ではなく普通なのが差別のない社会への近道だ。